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第十六話 黒い石の正体

 朝食の後、バナナ商会に行く。

 イザベラに挨拶をして二階のホールに移動した。


 バナナ商会の他のメンバーがいれば、挨拶するつもりだった。

 ホールには女性がいた。バナナ園にガイウスと一緒に来ていた梓だった。


 梓はユウトを見ると、明るい顔で挨拶してくる。

「おはよう、新入り。朝早くから、どうした?」


「他の団員がいたら挨拶をしておこうと思ってきました」

 梓はにこにこしながら教えてくれた。


「それは殊勝な心掛けだな。でも、団長と副長以外はしばらく出てこないと思うぞ」

「何かあったんですか」


「テリーが見つけてきた宝の地図を頼りに今日から宝探しに行っているからだ」

(これはいつ帰って来るかわからないな)


「宝探しか、夢がある話ですね」

「夢があると表現すれば恰好が良いが、与太話だと私は思うぞ」


(なるほど、梓さんは、無駄足になると思ったから話に乗らなかったのか)

 ユウトは昨日手に入れた黒い石の正体が気になっていた。


「実は珍しい石を手に入れたんです。バナナ商会が懇意にしている鑑定家はいますか」

 梓が興味を持って訪ねてきた。


「石ね、どれちょっと見せてみろ」

 梓に黒い石を見せた。


 梓は目を細めて黒石をまじましと見る。

「一見するとただの石だが。鑑定してもただの石だと思うぞ」


「そんなことないですよ。これはお宝なんですよ」

 梓は同情した顔をする。


「騙されたな新人。冒険者家業をやっていればよくある話だ」

「でも、梓さんはプロの鑑定家ではないでしょう。紹介してくださいよ、鑑定家」


 梓はしれっとした顔できっぱりと宣言した。

「いいけど、紹介料を貰うよ」


「仲間から紹介料を取るんですか?」


「普通なら取らないよ。でも、新人はすぐいなくなるかもしれないでしょ。それに、サイクロプス戦だって遅れてきたでしょ」


(仲間になったが見る目は厳しいか。致し方ないな)

「いくら、ですか紹介料」


「高いよ。いくらなら出せる?」

(これは値切れるな。ほど、よいところで、冷凍秋刀魚で行けるか)


「なら、冷凍秋刀魚でいかがでしょ」

 梓は馬鹿にした顔をする。


「知らないのか? 秋刀魚なんか今は獲れないんだよ。獲れたって庶民の口に入らないんだよ。冷凍ものだって料亭に並ぶ時代だよ」


 ユウトはさも意味あり気な態度を装い語る。

「それがあるところにはあるんですよ、梓さん」


「ようしわかったぞ。そこまで言うなら冷凍秋刀魚を持っておいで。そうしたら鑑定家を紹介してやるよ」


「本当ですよ。持ってきたら鑑定家を紹介してくださいよ」

 ユウトはバナナ商会を出て倉庫屋に行く。倉庫屋から冷凍秋刀魚を十尾、取り出す。


 冷凍された秋刀魚を紙に包んでもらい、バナナ商家に帰る。

「冷凍秋刀魚を持ってきました」


 梓は包みを開けてむむむと顔を(しか)める。

「冷凍秋刀魚だ。だが、味はどうかな? 倉庫の隅にあった三年前の秋刀魚なら私は認めないよ」


「大丈夫ですよ。獲れたて新鮮のを冷凍した秋刀魚です。冷凍してから一週間と経っていません」


「そこまで売り込むならいいだろう。これは自然解凍しておこう。鑑定家の家から帰ってきた頃には解凍が終わっているはずだ。それで美味しくなかったら、別の秋刀魚をもらうからな」


「いいでしょう。美味しくなかったら、また何か美味しい物を考えますよ」

「わかった、なら()いておいで」


 梓が歩き出した。リュックに黒い石を入れ後ろを従いて行く。

 梓は旧市街にある工房街に向かっていた。


 梓は一軒の石材店の前で停まる。店の看板にはアラン石材店と書いてあった。

 店は四百㎡と小さい。だが、一万㎡にもなる石材置き場を併設しているので広く感じた。


「じゃーん、到着しました。石のことなら何でもお任せ、アラン石材店です」

「鑑定家じゃなくて石工か。石だから石工の職人でもわかるかな?」


 梓が店先で元気よく声を上げる。

「梓です。ご隠居いる?」


「いますよ。石材置き場にいます」と若い職人が教えてくれた。

 石材置き場に行った。家の修理材や彫刻用の石が立ち並んでいた。


 石材置き場の一角にベンチがあり、老いた職人が座っていた。

「ご隠居。お久しぶり。今日はちょっとお願いがあってきました。石の目利きをお願いします」


 ご隠居が感じの良い顔で指示する。

「石の目利きね。どれ、見せてみな」


 ユウトが黒い石を見せた。ご隠居は石をまじまじと調べる。

「こいつは珍しい石だな」


 期待が持てた。

「やはり、お宝なんですか?」


「このままでは、ただの石だ。だが、こいつは、すずりの原料になる石だ」

 梓はがっかりした。


「何だ、硯用の石か。宝石でも出るかと思って期待して損した」


「梓さん、落胆するのは早いです。硯の値段はピンからキリです。最高級硯になると家が建ちますよ」


 梓は懐疑的な顔を向けてくる。

「そんなにするのか」


 ご隠居が石を丹念に確認しながら答え得る。

「するのう。特にこの黒霊石からは大師の硯が削り出せるかもしれん」


 大師の硯とは大師の筆と並ぶ高級筆記具で、魔筆家の憧れの品だった。


(大師の硯があれば、今まで不可能だった希少上位スクロールも作成できる。そうなればウィッチ商会に悩ませられなくて済む。これは、すごいお宝だ)


 期待を胸に尋ねる。

「できますか、大師の硯」


 ご隠居は苦笑いしてユウトを宥める。

「まあ待て、そう慌てるな。黒霊石から硯が削り出せる確率は三%じゃ」


 梓ががっかりした顔で訊く。

「そんなに低いの?」


「そうじゃよ、石には目とか性質がある。この石は加工が難しい石じゃ。じゃが、もし、成功したら、三十%くらいの確率で大師の硯になるな」


 ユウトはさっと暗算した。

「つまり、この石が大師の硯になる確率は一%未満」


 ご隠居が真剣な顔で確認してくる。


「まあ、単純に考えれば、そうじゃな。それでだ、加工に挑戦してみるかね? 断っておくが、加工賃は失敗しても成功しても発生するぞ」


「博打かあ、持っていても、ただの石だからな」

 ご隠居は無理に勧めなかった。


「急いで決断しなくてもよい。儂より腕が良い職人なら、もっと高い確率で硯を削り出せるじゃろう」


 アラン石材店を後にする。街にあるオークションで値段を調べる。


 家が買えるほどの値段で落札されていた履歴があった。大師の筆もほぼ同で額落とされた記録がある。二つセットで売りに出された過去もあり、その時はさらに破格の値段が付いていた。


 値段を知った梓が驚く。

「確率一%で家が建つと考えれば、これは高額の宝籤を買ったも同然だね」


「でも、一%ってのがなあ、もっと高い確率にならないかな」

 二人で帰ると、魚が焼ける香ばしい匂いしていた。


 慌てて梓が二階に上がる。ガイウスがキッチンで秋刀魚を焼いていた。

「ちょっと、なにやっているんですか、副長!」


 ガイウスがのほほんとした顔で告げる。

「ちょうといい感じに解凍された秋刀魚があったからな。団長からの土産だと思って焼いていた」


「それは私の秋刀魚ですよ」

 ガイウスが意外そうな顔をする。


「そうなのか? 秋刀魚なんて今は獲れないだろう。だからてっきり団長が、とこからか頂いた品だと思った」


「貰ったんですよ。新人から」

「落ち着いて梓さん。秋刀魚はまだありますから。あとで持ってきますよ」


 ガイウスと梓が秋刀魚を巡って言い争っている間に三階に上がる。

 団長室をノックするとライアンがいた。


「入れ」と命じられたので入室する。ライアンは書類を整理していた。

 ライアンはユウトの顔を見ると、優しい顔で(ねぎら)いの言葉を懸ける。


「先日のサイクロプス戦はご苦労だったな。でも、スクロールを使用したユウトだけが転移してこなくて心配したぞ」


「転移事故に巻き込まれまして。ダンジョンに放り出されました」

「それは災難だったな。それで、用件は何だ?」


「実は放り出された先のダンジョンで、硯の原石を見つけました。一%の確率ですが、成功すれば大師の硯になります」 


ライアンの態度は素っ気ない。

「家が建つほどの価格で取り引きされる硯か。それで、どうした?」


「サイクロプス戦に関連して手に入れたものなので、クランに納めようかもと思いまして」

 ライアンは穏やかな顔で結論付けた。


「その必要はない。ダンジョンに放り出されたのは君自身。生きて帰ってきたのも君自身だ。なら、君の物だ」


(硯は魔筆家でもないと役に立たないからな。もし、硯が手に入って、ばりばり希少上位スクロールが書けるようになったら、その時は安くバナナ商家に卸すか)


「わかりました。なら、貰っておきます」


「もし、大師の硯が手に入ったら相談するといい。別途、分け前を貰うことになるかもしれないが、バナナ商会で大師の筆を探してもいい」


「では、硯が手に入った時は、お願いします」

 ユウトはなくさないように倉庫屋に黒い石を預けた。

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