第十五話 アリッサとの共闘
ユウトは来た道を逆に進んだ。
百mほど進むと扉があった。扉に近付くと扉が開いた。
道は左右に分かれ、右側に微かに明かりが見えた。外へ続く明かりかもしれなかった。
だが、モンスターの持つ明かりだと困る。
手の甲の文字を消して、暗くしてから、明かりに、そろそろと近づいて行く。
明かりは部屋から漏れていた。部屋は四十㎡の四角い部屋。
部屋の角にはランタンが置いてあり、一人の冒険者が壁に凭れ掛かっていた。
(モンスターではないようだが、誰かが休憩中だな)
相手は疲れているのか、うつらうつらしていた。
(こういう時に下手に近付くと、襲われたりするからな)
ユウトは部屋の入口から相手が起きるのを待った。
冒険者が起きるまで一時間ほど掛かった。
冒険者が起きると、ユウトは部屋の入口から声を懸ける。
「ちょっと、いいですか?」
相手は飛び起きると剣を構えた。
ユウトは両手を軽く上げて、敵意のない態度を示す。
「待って。攻撃しないで。僕は冒険者のユウトと言います」
冒険者がゆっくりとランタンを拾い上げる。明かりがユウトを照らす。
冒険者の顔と姿が明らかになる。女性だった。年齢は二十代前半。髪は赤く短い。鎧は鎖と金属板を組み合わせたハーフ・プレート・メイルを着ている。武器は両手用の長剣だった。
冒険者は胡散臭そうに黙ってユウトを見ていた。
ユウトは所属を明らかにする。
「所属クランはバナナ商会。伝説を狩る者のサイクロプス戦に参加していました」
女性がよく通る声で尋ねる。
「なら、何で、このククルーカン祭殿にいるのよ?」
「呪いの雨が降って、戦線が崩壊。緊急脱出のスクロールを使ったら、転移事故に遭いました。装備を失って困っていたんです。出口を知っていたら教えてください」
女性が複雑な顔をする。
「今日の私はついていない。でも、最悪って状況ではなさそうね」
「どういう意味ですか?」
「こっちの話よ。気にしないで。クラン、見つける者のアリッサよ」
見つける者は聞いた覚えのないクランだった。
もっとも、バナナ商会のように小さなクランなんて、いくつでもある。
小さなクランなら、わからなくても無理はない。
アリッサは軽い口調で説明する。
「出口はこの扉の向こうよ。ただ、次の部屋にはガーディアンがいて、出口を守っているわ。奴を倒せば、出口の転移門が現れる」
「つまり、ガーディアンを倒さないと、ここから出られないわけですね」
アリッサが素っ気なく尋ねる。
「そうよ。それで、休息は必要かしら?」
「僕は休憩なしでいいですよ」
女性が武器を手にして答える。
「では、行きましょう。ランタンを持ってくれる?」
「待って。向こうに敵がいるなら。ここから魔法を掛けてから行きましょう」
「強化魔法が使えるの? 使えるのなら、ありがたいわ」
「魔筆家ですから」
アリッサの剣に『剛刃』と『切味抜群』。鎧に『鉄壁』『軽量』と書く。
「よし、これで準備OKです。突入しましょう」
ユウトは左手にランタンを持つ。アリッサが扉を開けて中に入った。
ユウトも続けて入る。扉の向こうは金属床の部屋になっていた。
部屋は一辺が十五mの、正六面体の部屋だった。
部屋の中には蜘蛛のような脚が八本生えた直径五mの球体の怪物がいた。
球体の前面には、大きな目がついている。
アリッサが怪物の右側面に移動する。ユウトは怪物の左側面に移動した。
アリッサが斬り懸かる。怪物が脚でアリッサを蹴とばそうとした。
怪物の攻撃をアリッサが掻い潜る。剣が怪物の目に当たる。剣は弾かれた。
(アリッサさんの剣は安物ではない。剛刃や切地抜群が掛かっても弾かれるって、かなり硬い怪物だぞ)
ユウトは空中に『火炎弾』と書く。西瓜のような火の玉が三つ飛んで行く。
火の玉は怪物の背に命中する。効いた様子がない。もう一度、試すが効いていない。
アリッサは怪物の攻撃を躱しながら攻撃している。だが、苦戦していた。
怪物はユウトに背を向け、アリッサを倒すことに集中していた。
(ならば大技だ。これなら、どうだ)
ユウトはこっそり怪物の背後から近づく。
地面に『衝撃誅殺地雷』と書き、叫んだ。
「こっちへ誘導して。魔法陣を踏ませるんです」
アリッサは怪物の脚の間を軽やかに潜る。アリッサがユウトの側に抜けた。
怪物が反転して直進する。ユウトの書いた文字を踏んだ。
どーん、の音が部屋中に響き渡る。音は一度で鳴りやまず、七度も鳴った。
魔法の衝撃による攻撃が七回に亘って入った。さすがに、これは効いた。
怪物は魔法が終わった時に、ふらふらしていた。
アリッサが追い打ちを懸けようとした時だった。怪物の目が光った。
ユウトはとっさにアリッサを突き飛ばした。
怪物の目から出た光線がユウトに当たる。
やられたと思った。だが、何ともなかった。
(あれ? 痛くも痒くもない)
ユウトが不思議に思っていると、アリッサが立ち上がる。
アリッサは怪物に向かって行った。怪物とアリッサが近接戦を再開する。
ユウトは再び魔法で援護しようとした。だが、魔法が何も思いつかなかった。
焦ったが、魔法の書き方がわからなかった。それで、先ほどの光線の正体がわかった。
(忘却の光線か。魔法を一時的に忘れさせられた)
光線の効果は短時間で切れる。だが、切れるまで魔筆を封じられたのと同じだった。
ユウトは胸のポケットからスクロールを取り出す。
「『火炎鳥』、発動」
魔法は忘れたが、文字が読めなくなったわけではない。
簡単な文字を読み、魔法を発動させるスクロールは、使えた。
十羽の炎の烏が怪物を背後から襲う。だが、怪物は全く気にしない。
(駄目だ。炎は効かない)
スクロールを確認する。所持しているスクロールは火炎鳥が一枚に、軽量化が一枚。
ユウトは役立たずに思えた。
現状では、アリッサがほぼ一人で戦っている状況に等しい。
アリッサは善戦している。だが、アリッサ一人では勝てる確率は一割以下に思えた。
(何とかしないと。このままでは負ける)
魔法を使えず。剣もない。スクロールも効かないでは、打つ手がなかった。
何かないか、何かないか、と考える。
すると妙な点に気が付いた。
怪物は目でアリッサを追っていた。
だが、アリッサを常に視界に捉えているわけではなかった。
時折、目を逸らす時があった。
なぜだと思うと、炎の烏が原因と思われた。
背後からいくら襲われても気にしない怪物だった。
だが、炎の烏による目に対する攻撃は避けていた。
(目が弱点? 違うな。目にはアリッサさんの攻撃が何度も当たっている)
ユウトはここである推論に行きついた。
(もしかしたら、あいつ、目は魔法に弱く、背中は剣に弱いのか。だから、僕に背を向けたまま戦っているのか)
怪物はユウトの傍にアリッサが来た時以外は、ずっとユウトに背を向けていた。
ユウトはリュックから黒い石を取り出し、両手で持つ。
怪物の背後からこっそり近づき、石で背中をぶん殴った。
ぐにゃっと柔らかい感触がある。怪物はのけ反った。
怪物はかさかさと素早く動き、背中を壁に付ける。
「アリッサさん、あいつ、背中が凄く柔らかい」
怪物の目が光った。今度は目から青い光線が出た。光線を避ける。
光線が通った後に霜が降りた。冷凍光線だった。
ユウトはスクロールを出して読み上げる。
「火炎鳥、発動」
炎の烏が出現する。炎の烏が怪物の目に向かおうとする。
怪物は炎の烏に背を向けて逃げ回った。
アリッサが走り回る怪物の動きを読んで回り込む。
怪物がアリッサに体当たりをかまそうとする。
アリッサは寸前で躱した。アリッサが怪物の背後を取り、剣を振り下ろした。
怪物の背中が切れた。怪物は大きくのけ反ると動かなくなった。
「やった、勝ったぞ」
アリッサが疲れた顔で発言する。
「何とかなったわね。危ない戦いだったけど」
怪物がさらさらと消える。部屋の中央に転移門が現れた。
「よし、これで帰れる」
ユウトが転移門を潜ろうとしたときに、アリッサが訊いてくる。
「最後に一つ、いい? その黒い石を、どこで手に入れたの」
「ここに来る前です。扉の奥に宝箱があって、そこで手に入れました」
アリッサが険しい顔をする。
「その、黒い石が宝! そんなもののために、仲間は……」
最後は声になっていなかった。だが、深く立ち入ってはいけない気がした。
「それじゃあ、お先に失礼します。また、どこかで会ったら、よろしくお願いします」
「そうね、どこかで会ったらね」
転移門を潜る。ユウトはバナナ商会の二階に戻ってきた。
「何とか、生きて帰ってこられた」
二階に誰もいなかったので、一階に行く。イザベラがいた。
「他のバナナ商会のメンバーは戻ってきましたか?」
イザベラは安堵した顔をする。
「ユウトで最後ですよ。ただ、重傷者がいたので、ライアンが治療院に付き添っています」
「そうですか。じゃあ、僕も今日は一度、宿屋に帰りますね」
ユウトはイザベラと別れると、宿屋に行く。
濡れた服を着替えて、温かい風呂に入った。
(今日もよく働いた。評価されるといいんだけどな)




