第十四話 鬼の謎解き
暗い坑道の真ん中のような場所では、西も東もわからない。
地面を調べると、片方が極緩やかな下りになっていた。
ユウトは、まず下りの通路を進んだ。
通路を三十m進んだ場所に、これ見よがしに宝箱が置いてあった。
宝箱の周りの床は石畳だった。宝箱の上には鬼の顔のレリーフがあった。
罠臭いと正直に思った。
こういう一見、何か良い物が入っていそうに見える宝箱にこそ、罠があるものだ。
罠を解除してくれるスカウトはいない。罠に掛かった時に治療してくれる治療師もいない。
(これは、触らずに戻るべきだな)
ユウトが引き返そうとした時に鬼のレリーフの目が光る。鬼の口が開いた。
「待てーい。欲深き者よ。ここで引き返して何になる。宝は要らんのか?」
ユウトは身構えた。だが、襲って来そうにはなかった。
また、相手が喋るのなら、何らかの情報が得られる可能性がある。
「別に、宝を求めて来たわけじゃないです。転移事故で飛ばされただけです」
正直に答えた。
上手く行けば、脱出の手懸かりを教えてくれるかも、と淡い期待を持った。
鬼は得心が行った顔で告げる。
「転移事故でここに来たのか。運がいいのか、悪いのか、わからん奴だな。だが、理由は構わん。ここに来たのなら悪神ククルーカンの導きがあったのだろう」
丁寧に頼んでみた。
「ここから出る方法を教えてくれませんか?」
鬼は素っ気なくマイペースで話す。
「お前の事情なぞ知らん。ただ、我が出す問いに答えられたら、この宝箱の中身をやろう」
「なら、問いに答えられたら、宝箱の中身は要りません。ですから、ここから出してくれませんか」
鬼は冷たく言い放つ。
「お前の事情なぞ知らん、と答えたはずだ。お前の選択肢は二つ。立ち去るか、我の出す謎に答えるか、だ」
(どうするかな。こういう謎解きで貰える宝って、良い物ってのが相場なんだよな。せっかく来たわけだし、挑戦するか)
「わかりました。謎解きに挑戦します」
鬼が真面目な顔をして問う。
「この世で最も尊きものは、何だ?」
「ちょっと待って。そんな漠然とした問いに、答えなんかない。こういう謎掛けって、考えて答えを聞けば、ああそうか、となる謎が出てくるもんでしょう」
鬼は怒った。
「知るか! 我は、我が出したい謎を出すのみ」
「無茶苦茶だな。でも、謎であるなら、答えがあるんですよね」
鬼が意地悪い笑みを浮かべる。
「さあ、どうであろうな、我が納得すれば正解だ。納得しなければ、不正解だ」
(これは純粋な謎掛けじゃないな。さて、どうやって、あの鬼の顔を納得させよう)
この世の中に尊いものなんて、いくらでもある。
いくらでもあるがゆえに、何を答えても、別の何かを正解として、不正解にできる。
色々な考えが浮かぶ。秘儀石や秘儀席の現す七つの美徳を考える。
親孝行、信頼、友情、義理人情、愛情なども浮かぶ。
(ダメだ。答えがまるでわからない)
鬼はにやにやしながらユウトを見つめていた。
ここでユウトは、気になったので訊く。
「この謎解き、失敗すると、どうなるんです?」
鬼は澄ました顔であっさりした口調で語る。
「どうにもならんよ。だが、罰を儲けることでお前にメリットがあるなら、罰を授けてもよいぞ。そのほうが面白い」
鬼の言葉に引っ掛かりを感じた。同時に疑問を持った。
(鬼の性格からして、罰を与えたがるもの。なのに、罰をこっちで設定してよいとは親切すぎる。これはヒントか。謎を解くヒントなのか)
ユウトは考え、閃いた。
「罰の設定です。僕が間違えた場合。正解である尊い物を、僕から没収してください」
鬼はたいそう喜んだ。
「ほーう、随分と大きく出たな。いいだろう。そのペナルティを受け入れよう。それで、お前の答えは何だ」
「僕と、僕に関わるもの、全てです」
数秒の静寂。ユウトはじっと固唾を飲んで、鬼の言葉を待った。
鬼は難しい顔をして確認する。
「なるほど、何か一つでもお前から奪えば、我はお前の正解を認めた状況になる。つまり、罰はないと踏んだか。でも、我が何も奪わない、を選んだらどうする? お前は宝を得られないぞ」
「時間です」とユウトは短く告げる。
「何だと?」と鬼は問い返す。
「選ばないを選択するなら、それは僕から僕の時間を奪った状況になる。つまり、選ばなくても、僕の答えは正解になるんです」
ユウトの答えを聞いても鬼は怒らなかった。むしろ、楽し気に笑った。
「ははは、面白い答えを考えたな、お前。楽しかったぞ。いいだろう。宝を持っていけ」
宝箱が開く。中を見ると、二㎏ほどの黒い石の塊があった。
どう見ても、石だった。
「これが、宝? ただの黒い漬物石が?」
鬼は明るい顔で注意する。
「そうだ。貴重な品だぞ。持って行け。面白い答えを出したお前だ。我はお前が生きてここから出られる結末を祈るぞ」
鬼のレリーフの瞳から光が消えた。
(未鑑定品だから、何とも言えない。だけど、案外これで、高価な石材か宝石の原石かもしれない。貰っておこう)
ユウトは暗い道を引き返した。




