第十三話 サイクロプス戦初参加
翌日、秋刀魚が高く売れたので魔筆を買う。買った魔筆は僧侶の筆。僧正の筆よりは劣るが、とりあえず、このレベルがあれば冒険に行くには困らない。
もっとも、最近は脅威モンスターだの、レジェンド・モンスターだのに遭うので不安でもあった。
筆を買うとやる仕事がない。どうせ、冒険者ギルドに行っても使えない奴や悪運憑きの評価が変わっているわけではない。
なら、バナナ商会経由で仕事を受けたほうがよいと思い、バナナ商会本部に行く。
イザベラがいつもと変わらぬ微笑みを湛えて迎えてくれる。
「お帰りなさい、ユウト。実は今は皆、レジェンド・モンスターのサイクロプス戦への加勢に行っているの。ユウトも行ってもらえますか?」
サイクロプスは一つ目の巨人で、最近ククルーカン山脈に出ると噂されるレジェンド・モンスターだった。
(レジェンド・モンスター戦への加勢か、厳しいな。厳しいからこそ手柄も立てられるのかもしれない。ライアン団長の俺を見る目は厳しい。手柄の一つもほしいところだ)
だが、無理はできない。とっておきの秘儀石の力は秋刀魚漁で使った。それに、相手はレジェンド・モンスターだ。
気になったので尋ねる。
「攻略部隊の陣容はどの程度ですか?」
「大手クランの伝説を狩る者が募集を掛けているから、二百人は集まるわ」
伝説を狩る者は知っていた。各地でレジェンド・モンスターと戦い、この世界の秘密を解き明かそうとしている大手クランだ。
(伝説を狩る者が主催か。なら、勝てない戦ではないだろう。義理もあるから、参加するか)
「わかりました。ライアン団長を追いかけます」
「これを持って行って。念のためよ」
イザベラは袋を渡してくれた。中には、冒険で使う小物や携帯食が入っていた。
「助かります。イザベラさん」
袋をリュックにしまう。水筒に水を入る。ユウトは二階にある転移門の前に行く。
転移門の前で緊急脱出のスクロールの転移先を、バナナ商会本部に指定する。
小型転移門の行き先はすでにライアンたちが飛んだあとなので、ククルーカン山脈に設定されていた。
「転移門始動、行き先、ククルーカン山脈」
転移門が青く輝く。前面に青い幕が張られる。青い幕の向こうに荒野が見えた。
幕を潜ると、冷たい風が吹いてきた。
荒涼とした禿げた山々が見える。空を見上げれば、厚い雲に覆われていた。
ククルーカン山脈は高い山の尾根が連なる場所ではない。標高千二百mの山々が広大な平野に木の根のように這う地形である。
ただ、ククルーカン山脈では、大地と大気を流れる魔力が不規則なため、天候は不順。木々や草も、あまり生えていない。
ククルーカン山脈の麓の転移門の近くには、半径十mの魔法陣があった。
魔法陣に書かれた文字を読む。
魔法陣は、後から来た援軍を先に出た攻略部隊の場所まで飛ばすためのもの。
合流の魔法が書かれていた。
魔法陣の煌めきから、魔法陣は設置されて十五分程度が経過していた。
(レジェンド・モンスターが十五分で倒されるとは思えない。ここは合流だ)
魔法陣の上に乗ると、体が浮いた。体が自動かつ高速で空を飛ぶ。
空を飛ぶこと十分で、広さが百㎢の盆地が見えてきた。攻略隊は隊を二つに分けていた。
一つはサイクロプスと戦う部隊。サイクロプスは身長三十mにも達する一つ目の巨人。
サイクロプスは粗末な革の服を着て棍棒を振り回していた。サイクロプスは三十人近い攻略部隊と戦っていた。
もう一つは泥人形のようモンスターと戦う部隊。こちらは百五十人以上おり、二百体近い人間サイズの泥人形と戦っている。
泥人形のほうが数は多い。だが、個々の強さは攻略部隊が上なので押し負けていなかった。
(第一隊がサイクロプスとの戦いに集中できるように、第二隊が泥人形を引き受けている。泥人形は大して強くないな)
ユウトの体は第二隊の真ん中に降り立った。乱戦では魔法は味方に当たる可能性があった。地面に文字を書こうにも、うかうかしていると体が味方にぶつかる。
ユウトは安物の剣に『切味抜群』と書く。ユウトは剣を抜刀して戦った。
泥人形は後から後から湧いてはくる。だが、ユウトの見立て通りで、個々の強さは弱かった。
戦っているとバナナ商会の紋章を付けたアーナンの戦士――ライアンが目に入った。
ライアンの傍にはバナナ商会の紋章が入った武具を身につけた冒険者がいた。
(合流の魔法の効果で、バナナ商会の近くに来たか。これは好都合)
ユウトはライアンの近くに移動する。ライアンから見える位置で戦った。
乱戦なので、認識してくれるかどうかわからない。だが、いる状況をアピールしたかった。
戦場にいなかった状況にされれば、評価は上がらない。
バナナ商会のメンバーは誰しも、いっぱしの戦闘技術を持っていた。
(素人の寄り合い所帯ではないんだな)
切味抜群の効果を付けた剣だが、所詮は安物。二体を斬った時点で、切れなくなった。
それでも、鉄の棒の代わりにはなる、ひたすら泥人形を殴っていく。
泥人形は体が柔らかいので十分な効果があった。飛び散る泥で、みるみる体が汚れていった。
四体目を倒したところで、急に空から雨が降り出した。雨は異常に冷たかった。
(まずいぞ。これ、普通の雨じゃない。呪われた雨だ)
体から力が奪われ、関節が硬くなる。対して泥人形たちは、呪いの雨の効果で動きがよくなった。
治療師たちが結界を張る。結界に人が集まる。だが、治療師の数が少なく、全員を収容できない。戦況が押され始めた。
ユウトも、泥人形の攻撃を避けるだけで手一杯になった。
このままでは呪いの雨に体力を奪われて死ぬ危険があった。
どこかに結界がないかと、探す。
バナナ商会のメンバーが固まって、結界内に退避していた。
ユウトも結界内に避難した。
ライアンが厳しい顔をする。
「まずいな。結界が分散して張られている。このままじゃ、包囲撃破されるぞ」
ガイウスがライアンの横で険しい顔をする。
「伝説を狩る者のやつらは秘儀石を使う様子もない。このままじゃ、俺たちもまずいぞ」
ユウトはアピール・ポイントが来たと思ったので、提案する。
「俺、緊急脱出のスクロールを持っています」
ライアンは即断した。
「このまま死者を出すわけにいかない。バナナ商会の戦いはここまでだ。ユウト、緊急脱出のスクロールを使ってくれ」
ユウトは緊急脱出のスクロールをポケットから取り出す。魔法を発動させる。
「緊急脱出発動」
辺りが青い光に包まれる。バナナ商会のメンバーはバナナ商会まで無事に戻れるはずだった。
だが、光が消えた時、ユウトは真っ暗な闇の中にいた。
ユウトは手探りで筆を探す。手の甲に光と書く。淡い光が辺りを照らす。
ユウトは岩盤を掘りぬいたような通路の真ん中にいた。
転移事故。転移の魔法や緊急脱出を使った際に稀に予期せぬ場所に出る。
緊急脱出の場合は、事故に遭う可能性は低い。だが、このたびは魔力が乱れるククルーカン山脈の地形が影響していた。
リュックのスクロールを調べる。スクロールは三本を残してなくなっていた。
予備の小筆はどこかに行き、剣もなくなった。
イザベラから貰った冒険に必要な小物も消え、携帯食料もなくなっていた。
通路を見るが、誰もいない。耳を澄ませると、水滴が落ちる音だけが聞こえてくる。
(これは、ククルーカン山脈にあるダンジョンのどこかで一人になったぞ)
魔筆がなくならなかったので最悪の事態ではない。だが、バナナ商会のメンバーが探しに来てくれるとは思えない。生還は難しいように見えた。




