第十二話 秋刀魚を獲りに(後編)
なんか嫌な予感がする。ユウトがそう思うと、空が急に曇ってきた。
風もでてきた。波の高さが五mから八mへと高くなる。
水樹が怯えた顔をする。
「波が高くなってきたわ」
オリヴァーが天を仰ぐ。
「今日は快晴じゃと予想したんだが、まずいのう、これは一雨が来るかもしれん」
風は段々と強くなり、波の高さは十mにも達した。
舟が強く上下に揺れる。雨も降ってきて、強い雨が体を打つ。
オリヴァーはだてに歳を取っていなかった。
操縦は見事で次から次へと襲い来る波を的確に躱す。
ユウトと水樹は命綱を頼り船縁を握る。後は振り落とされないように耐えるだけ。
一際大きな波が来た。目を凝らす。
遠くに大きな魚が高く飛び上がっていた。
(ギガロドンだ。本当にいやがった)
ギガロドンが海面に落下する衝撃で波が発生する。
舟が横倒しになりそうになる。だが、舟は耐えた。
雨が雹へと変わる。体を氷の塊が打った。
血が出るかと思った。水樹はじっと耐えている。
秘儀石の力を使えば、天候は回復する。だが、どの程度の範囲を、いつまで回復させられるか不明だった。耐えるしかない。オリヴァーを信じるしかなかった。
波に揺られ、雨に降られ、二時間も耐えた。もうすぐ、もうすぐ、と言い聞かせる。
風と雨が体力を奪った。体が冷たくなっていく。
このままではまずいと感じた。ユウトは秘儀石を使った。
「謙虚を司る秘儀石よ。我の掌中に現れて奇跡を起こせ」
光る柱が天を打つ。雨と風が止んだ。空にぽっかりと空いた穴から青空が見えた。風が凪いだ。
風が凪ぐと波が静まる。波のせいで見えなかったが、陸まであと一㎞のところまで来ていた。
(これ、秘儀石を無駄に使ったな。陸まで我慢すれば、左手を治せたぞ)
後悔したが遅かった。舟は無事に浜に着いた。
浜に戻ると、気になるのか漁師が寄ってきた。
魚を見ると漁師たちの顔が輝いた。
「秋刀魚が獲れたのか。どこで獲れた?」
オリヴァーが機嫌よく語る。
「ニンゴーナ島の北側で、運よく獲れた」
漁師たちがオリヴァーの舟から網で秋刀魚を降ろし、トロ箱に詰めていく。
秋刀魚が水揚げされた情報を聞いたのか、仲買人もやってきた。
「よし、その秋刀魚を全部、買おう。いくらだ?」
オリヴァーは仲買人に済まなさそうな顔をして詫びる。
「悪いが、今日の俺は雇われだ。魚は全てあの二人のものだ」
「水樹さん、秋刀魚、どうする?」
「そうね、食べる分は除くとして、あとトロ箱で二箱分、貰いましょう。私とユウトの分として冷凍で倉庫に送ってもらうのよ。バナナ商会の仲間に配りましょう」
ラザディンの街には冒険者用の倉庫屋がある。倉庫屋では冷凍品でも預かってくれた。
「それで残った分は売却で、どうかしら」
仲買人は即決した。
「その条件で買った」
ユウトは人がいるうちに警告しておく。
「あと、ニンゴーナ島は行かないほうがいいですよ。今、あの島にはギガロドンがいて危険です」
漁師も仲買人もユウトの言葉を笑った。
「そんな、ギガロドンなんていやしないよ。あんなの作り話さ」
「でも、見たんですってば、僕はギガロドンを」
仲買人がオリヴァーに尋ねる。
「オリヴァーさんは見たのかい、ギガロドン」
「荒れた海での操船で手一杯だったからな。俺は見なかったな」
(これ、信じてもらえない空気だな)
これ以上しつこく主張しても無駄そうなので諦める。
魚の売却をして、舟の借り切り料をオリヴァーに払った。
オリヴァーはサービスで家から七輪を持ってきて、秋刀魚を焼いてくれた。
水樹は顔を綻ばせる。
「美味しいわこの秋刀魚。脂の載りも、これくらいがちょうどいい」
「秘儀石を使った秋刀魚だからね。美味しくないと、秘儀石が泣くよ」
水樹はむむむと秋刀魚を睨む。
「秘儀石を使ったと考えると、かなり贅沢な秋刀魚ね」
「水樹さんは秘儀石を使わなかったけど、舟は沈まないって確信があったの?」
水樹はさばさばした態度発言する。
「ないわよ。でも、私が使わなくても、必要になればユウトが使うだろうな、とは思ったわ。なら、私の献身の秘儀石は温存したほうがいいわ」
「本当に献身持ちなのか、疑うよ」
水樹がすっぱい顔をして意見する。
「それゆうなら、ユウトが謙虚持ちなのか、疑問よ」
悠斗と水樹の視線が絡み合う。
二人は同時に噴き出して笑った。
本音を言って笑い合える。これもまた幸せの形だった。
秋刀魚を食べ終わったので、水樹に尋ねる
「水樹さん今日は、これからどうするの」
「今日はこれから人と会う予定があるの。きっと冒険者としての依頼だと思うわ」
「一緒に行ってもいい?」と従いて行きたかった。
だが、うざったい奴と思われるのが怖かった。
代わりに、「そうか、またね」の言葉が口から出る。
(僕は臆病だ。でも、それでいい。それが僕だ)
ユウトは独りラザディンの街に戻った。




