表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/32

第十二話 秋刀魚を獲りに(後編)

 なんか嫌な予感がする。ユウトがそう思うと、空が急に曇ってきた。

 風もでてきた。波の高さが五mから八mへと高くなる。


 水樹が怯えた顔をする。

「波が高くなってきたわ」


 オリヴァーが天を仰ぐ。

「今日は快晴じゃと予想したんだが、まずいのう、これは一雨が来るかもしれん」


 風は段々と強くなり、波の高さは十mにも達した。

 舟が強く上下に揺れる。雨も降ってきて、強い雨が体を打つ。


 オリヴァーはだてに歳を取っていなかった。

 操縦は見事で次から次へと襲い来る波を的確にかわす。


 ユウトと水樹は命綱を頼り船縁を握る。後は振り落とされないように耐えるだけ。

 一際大きな波が来た。目を凝らす。


 遠くに大きな魚が高く飛び上がっていた。

(ギガロドンだ。本当にいやがった)


 ギガロドンが海面に落下する衝撃で波が発生する。

 舟が横倒しになりそうになる。だが、舟は耐えた。


 雨が(ひょう)へと変わる。体を氷の塊が打った。

 血が出るかと思った。水樹はじっと耐えている。


 秘儀石の力を使えば、天候は回復する。だが、どの程度の範囲を、いつまで回復させられるか不明だった。耐えるしかない。オリヴァーを信じるしかなかった。


 波に揺られ、雨に降られ、二時間も耐えた。もうすぐ、もうすぐ、と言い聞かせる。

 風と雨が体力を奪った。体が冷たくなっていく。


 このままではまずいと感じた。ユウトは秘儀石を使った。

「謙虚を司る秘儀石よ。我の掌中に現れて奇跡を起こせ」


 光る柱が天を打つ。雨と風が止んだ。空にぽっかりと空いた穴から青空が見えた。風が凪いだ。

 風が凪ぐと波が静まる。波のせいで見えなかったが、陸まであと一㎞のところまで来ていた。


(これ、秘儀石を無駄に使ったな。陸まで我慢すれば、左手を治せたぞ)

 後悔したが遅かった。舟は無事に浜に着いた。


 浜に戻ると、気になるのか漁師が寄ってきた。

 魚を見ると漁師たちの顔が輝いた。


「秋刀魚が獲れたのか。どこで獲れた?」

 オリヴァーが機嫌よく語る。


「ニンゴーナ島の北側で、運よく獲れた」

 漁師たちがオリヴァーの舟から網で秋刀魚を降ろし、トロ箱に詰めていく。


 秋刀魚が水揚げされた情報を聞いたのか、仲買人もやってきた。

「よし、その秋刀魚を全部、買おう。いくらだ?」


 オリヴァーは仲買人に済まなさそうな顔をして詫びる。

「悪いが、今日の俺は雇われだ。魚は全てあの二人のものだ」


「水樹さん、秋刀魚、どうする?」

「そうね、食べる分は除くとして、あとトロ箱で二箱分、貰いましょう。私とユウトの分として冷凍で倉庫に送ってもらうのよ。バナナ商会の仲間に配りましょう」


 ラザディンの街には冒険者用の倉庫屋がある。倉庫屋では冷凍品でも預かってくれた。

「それで残った分は売却で、どうかしら」


 仲買人は即決した。

「その条件で買った」


 ユウトは人がいるうちに警告しておく。

「あと、ニンゴーナ島は行かないほうがいいですよ。今、あの島にはギガロドンがいて危険です」


 漁師も仲買人もユウトの言葉を笑った。

「そんな、ギガロドンなんていやしないよ。あんなの作り話さ」


「でも、見たんですってば、僕はギガロドンを」

 仲買人がオリヴァーに尋ねる。


「オリヴァーさんは見たのかい、ギガロドン」

「荒れた海での操船で手一杯だったからな。俺は見なかったな」


(これ、信じてもらえない空気だな)

 これ以上しつこく主張しても無駄そうなので諦める。


 魚の売却をして、舟の借り切り料をオリヴァーに払った。

 オリヴァーはサービスで家から七輪を持ってきて、秋刀魚を焼いてくれた。


 水樹は顔を綻ばせる。

「美味しいわこの秋刀魚。脂の載りも、これくらいがちょうどいい」


「秘儀石を使った秋刀魚だからね。美味しくないと、秘儀石が泣くよ」

 水樹はむむむと秋刀魚を睨む。


「秘儀石を使ったと考えると、かなり贅沢な秋刀魚ね」

「水樹さんは秘儀石を使わなかったけど、舟は沈まないって確信があったの?」


 水樹はさばさばした態度発言する。


「ないわよ。でも、私が使わなくても、必要になればユウトが使うだろうな、とは思ったわ。なら、私の献身の秘儀石は温存したほうがいいわ」


「本当に献身持ちなのか、疑うよ」

 水樹がすっぱい顔をして意見する。


「それゆうなら、ユウトが謙虚持ちなのか、疑問よ」

 悠斗と水樹の視線が絡み合う。


 二人は同時に噴き出して笑った。

 本音を言って笑い合える。これもまた幸せの形だった。


 秋刀魚を食べ終わったので、水樹に尋ねる

「水樹さん今日は、これからどうするの」


「今日はこれから人と会う予定があるの。きっと冒険者としての依頼だと思うわ」

「一緒に行ってもいい?」と従いて行きたかった。


 だが、うざったい奴と思われるのが怖かった。

 代わりに、「そうか、またね」の言葉が口から出る。


(僕は臆病だ。でも、それでいい。それが僕だ)

 ユウトは独りラザディンの街に戻った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ