至福の時間
「それで、どうしてそんな傷だらけになっていたんだ、エ、エリー」
エリーと呼ぶことに恥ずかしさを覚える。
こんな感情は久しぶりだ。
転生して、赤子の頃におしめを取り替えられたり、母親のおっぱいを吸った時以来か。
いや、あの恥ずかしさはまた別物だな。
「はい。私、今日は三階層と四階層に行きましたの。三階層のオークは魔術で倒して問題ありませんでしたわ。ですが、四階層は罠だらけで、次から次に引っかかってしまいまして……。魔物も出ないし、あの階層は最悪ですわ」
なんと!?
エリーもおれ達と同じ階層にいたとは!
なぜ出会わなかったのだろうか!
そしたら一緒に探索する事が出来たのに!
「そうなんですか! 奇遇ですね! 私たちも三階層と四階層を探索していたんですよ!」
「まぁ、本当に奇遇ですわね!」
「ですね。お見掛けしたら、お誘いしましたのに。一人では大変だったのではないですか?」
「そうですわね。三階層のオークはそれ程でもありませんでしたわ。私、雷の魔術が使えますの。動きが遅いオークなんかは私の魔術の餌食ですわ!」
「雷の魔術!? それはすごいですね! たしか風系統の上級魔術でしたよね?」
「そうですわ! アル様は知識が豊富ですわね」
「いえ、そんな事ありませんよ。まだまだ未熟者です」
「御謙遜なさらないでください。剣を持ってらっしゃるという事は剣士なんでしょう? それなのに、治癒魔術が使えたり、上級魔術を知ってらっしゃったりと、凄いお方ですわ」
「いやぁ、上級魔術が使えるエリー程ではないですよ」
「まぁ、お上手ですこと」
「ですが、四階層の罠には魔術も形無しだったようですな」
「お恥ずかしい事に、その通りですわ。なんなのかしら一体、あの階層は。まったく稼ぎになりませんでしたわ。アル様にお金を返さないといけないというのに……」
「別に急がなくてかまいませんよ。焦って今日のようにエリーが傷ついてしまう方が、私には辛いのです」
「まぁ……」
おれとエリーは会話を弾ませた。
迷宮の話や魔術の話など、他愛もない話だが、おれは至福の時間を味わった。
「あら、すっかり話し込んでしまいましたわね。アル様、私はこれで失礼しますわ。明日こそ稼いで、アル様に借りたお金を返さなければいけませんもの」
そう言ってエリーはギルドを出て行った。
短い時間だったが、幸せだった。
「さて、おれ達も帰るか」
この幸福感を抱いたまま寝たい。
「おい、アル! まだオーク肉の報酬貰ってねぇぞ!」
おっと、そうだった。
すっかり忘れていた。
振り返り、受付を見ると先程より長い列が出来ていた。
げぇ。また並びなおしか……。
おれの気分は沈んでいった。




