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俺は近衛の連中によって、宮中に連れていかれる。
状況が全く掴めなかった。逮捕される言われなど全くない。
逮捕されるにしても、なぜ検非違使ではなく、近衛府に捕まる? 近衛府の連中が出てくるのは――王朝への叛逆を企てた時だけだ。
「おい、俺が何の罪を犯したってんだよ」
両腕を掴む男たちに問いかけても、口さえ聞いてはくれない。
沈黙の末たどり着いたのは――宮中の中でももっとも関わり合いたくない――裁きの広場だった。
「おい、待てって。冗談だろ?」
門の前で、俺は渾身の力で立ち止まって、広場に入ることを拒否した。
裁きの広場は、決して罪の有無を判断するための場所ではない。国家に対して叛逆を企てた者を、情報を吐き出させたり、自白させるための場所だ。
ここは入ったら最後。この門は地獄への入り口で、入れば五体満足で出てくることはできない。
今までここに連れていかれた人間は何人も見て来たが、出て来た人間はほとんど見たことがない。
そして、そこに俺は無理やり入らされる。
壁に囲まれた家二軒分ほどの空間。正面には、屋根のついた台があり椅子が置かれている。そこには近衛府の中将と少将、それに烏崎の姿があった。
右端には井戸、左端には拷問のための道具が置かれている。
そして広場の真ん中には椅子が三つ。右端はすでに男がくくりつけられていた――
俺は隣の椅子に座らされ、手足を縛られる。
――見ると、隣に座っている男の服は血だらけで、閉じたまぶたの隙間から血を流していた。
思わず、目を背ける。
と、後ろから複数の足音がした。思いっきり首を回すと、そこには連行されてくる弟子の姿があった。
「スグ!」
彼女は困惑の表情を浮かべていた――ここがどんな場所なのかは知らないはずだ。
スグも俺と同様に椅子に縛り付けられる。
俺は台から見下ろす中将に問いかける。
「おいおい、なぜ俺がこんなところに縛り付けられなきゃいけない?」
「黙れ下郎」
一喝される。
「お前たちは、突に機密情報を漏らした」
それが俺たちの<罪>のようだ。
この場に連れてこられたことは、既に俺たちの有罪は確定していることを意味する。
「おいおい待てって。何の証拠があって」
俺が言うと、中将は「証拠はいくつもある」と言った。
「その男はお前に命令されたと自白した。また、お前がその男に機密情報の書かれた巻物を渡しているところを目撃した者もいる」
寝耳に水とはこのことだ。隣で血を流しているその男とは面識もない。
「塩山城がいとも簡単に攻略されたのも、貴様が流した情報のおかげだろう」
「バカな。俺がそんなことをして何の意味があるって言うんです?」
俺が聞くと、烏崎が鼻で笑いながら言う。
「突で将軍にしてもらえるそうじゃないか。赤眼の弟子共々歓迎されよう」
動悸が止まらない。
どうやら本当に俺たちの有罪は固まっているらしい。
それが意味するのは――死だ。
「この場はお前たちの罪を裁くためにあるのではない。あとは貴様らが罪を認めるだけだ」
「だから、俺が情報を流したりするわけないだろう」
腹の底からそう叫ぶが、中将は鼻で笑う。
「誰しもその椅子に座ればシラを切るものだ」
――このあと、俺たちがどんな目に合うかはよく知っっている。
王朝では、例えどれだけ証拠が揃っていても、原則として本人の自白がなければ刑を執行されることはない。
だが、もちろん認めなければ許してもらえるなんてことはない。
自白をしなければ、自白をするまで痛めつけられるだけだ。
自白をすれば死刑。しなければ死ぬまで拷問を受ける。どちらにせよ待っているのは死だけだ。
中将が目配せすると、烏崎は左手の棚に鞭を取りに行く。
そして俺は複数の男たちに囲まれ、台の上にうつ伏せにさせられる。
見上げると、鞭を持った烏崎が俺を見下ろしていた。その顔はこれまで見たことがないほど興奮しているように見えた。
「やれ」
と中将が言うと、烏崎が視界から消える。
そして、空を切る軽い音ののち、背中を鞭が斬った。
「――ッ!」
堪え難い痛みに声を漏らす。
そして続けざまに鞭が振るわれる。
「あぁぁッ」
そしてもう一度。
燃える裂ける様な痛み。
そしてさらにもう三度叩かれる。
「あぁぁぁl」
最後は今までよりも力が入っていた。
そして次の瞬間、烏崎がしゃがみこみ俺の目を見た。
「さぁ、罪を認めるんだ」
「何を……認めるんだ。俺は何もしてないんだ」
そう言うと――烏崎は笑みを浮かべた。そして立ち上がり、再び鞭を振るった。
鞭打ちに使われる鞭は、皮膚を破らない様に節目が削られている。それゆえに簡単には命を奪わずになんども叩くことができるのだ。
それからさらに数度叩かれる。
そして、烏崎は鞭を振るう手を休めた。と。安心したのも束の間、烏崎の踵が俺の手首を踏みつけた。
「あがぁぁぁ」
骨が折れた感覚。
「さすがは卑しい身分で剣師になっただけのことはあるな。痛みには慣れていると見える」
と、烏崎は俺から離れて行く。
その先には――スグがいた。
「子供が叩かれるところを見る方が堪えるだろう」
「待ってくれ」
痛みが襲う中、振り絞る様に叫ぶ。
だが、烏崎にはそれが逆効果だったらしい。部下に命じてスグを床に押さえつけさせる。
スグは蒼白な表情を浮かべ、その唇が震えていた。
「この蛮人め!」
烏崎が、剣を振るうのと同じ速度で鞭を振るった。
「あぐッ……」
悲鳴さえ上がらなかった。
「おい、頼む。やめてくれ」
俺が言うと、烏崎は満面の笑みでこちらを見た。
もう一度、鞭を振るう。
「 ッ!」
もはや声にもならないうめき声。よだれを垂らしながら、歯を食いしばり、痛みに耐えるスグの姿が、両目に焼きついた。
「頼む辞めてくれ。そいつは絶対に関係ないんだ」
だが、俺の声などないかの様に、烏崎はもう一度、
「さぁ、罪を認めて王様へ謝れ」
そしてもう一度鞭を振るった。
「私が!」
さらにもう一度。
「やりましたと!」
さらにもう一度。そこでスグは気を失った。
気を失った人間を叩いても意味がない。だから烏崎は部下から桶を受け取り、スグの横顔に向けて水を浴びせた。その勢いにスグは次の瞬間に勢いよく目を覚ます。
そしてもう一度鞭を持つ。
「待ってくれ。烏崎……」
俺が振り絞る様に言うと、烏崎がニヤリとしてこちらを見た。
「どうした?」
「その子は……悪くない」
そう言うと、ゆっくりこちらに歩いてくる。
「じゃぁ、誰が悪いんだ?」
そう訪ねてくる。その問いに答えれば、この地獄は終わる。
どうせ、叩かれ続けて死ぬか、それとも首を切られて死ぬかの違いだけだ。
だから――
俺は口を開き、全ての罪を認めようとした。
だが、その時。
「貴様ら!」
体を貫かれたように錯覚させるほど鋭い声が、広場に響く。
声の主は――王女だった。
普段温厚な王女が、今は怒髪天に衝く形相だった。
俺たちのすぐ近くまでやってきて、烏崎を怒鳴りつけた。
「直ちに二人を解放せよ」
中将と烏崎は、王女が突然現れたことに困惑の表情を浮かべている。
「しかし、王女様、この男たちは国を売った大罪人です。証拠も上がっています」
だが、
「よく聞け。王命である!」
王女のその言葉に、中将たちが目を剥いた。
お付きの武官が巻物を差し出し、王女がそれを読み上げる。
「剣師白河リュウと研修生スグの罪について、王室が再度検証を行う。それまでの間、二人は自宅謹慎とする」
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