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剣師以上の武人が広間に集められ、大将が現在の状況を説明し始めた。
「二日前、突の軍勢が現れ塩山城を支配した」
その言葉を聞いて武人たちは息を飲んだ。
弓の国の塩山は、王朝の繁栄を支える最重要拠点。
もし塩山を失えば王朝は確実に滅亡する。
塩がなければ人間は生きていくことができない。そして海を持たない王朝が、塩を手に入れる唯一の方法が塩山だ。それを失えば、燕から塩を輸入するしかなくなるが、そうなれば我々は燕の属国になるしかない。王様から平民に到るまで燕で奴隷になることになろう。
「弓の国の常駐軍は壊滅状態。武人も全員やられたそうだ」
塩山は王朝にとって最重要拠点。それゆえ千人の一般兵に、武人五人以上が常駐して塩山を守っている。
それが全滅とは……
「しかも、敵は数十人の一般兵と、たった一人の武人だそうだ」
「たったそれだけで塩山を奪ったと言うのですか」
「その通りだ」
敵は文字通り一騎当千の極めて強力な武人と言うことになる。
おそらく今この場に集まった武人の多くが、「頼むから自分だけはそいつと戦うことのないように」と祈っていることだろう。
「今後の対応については、太政官と、近衛府・武衛府・衛士府の各大将で話し合って決める。今すぐの出動はないが、皆も心して置くように」
それで緊急の打ち合わせは終了した。
「本当に大変なことになったな」
とゴウが話しかけてくる。
「ええ、全くです」
大きな声では言えないが、今この国は弱体化している。
先の大戦の傷が癒えきっていない上に、広がった領土のせいで兵力も分散されている。今すぐに大軍を編成して弓の国へ送ることは難しいだろう。
……いや、待てよ。
ひょっとしてこれは絶好の機会なのではないか。
捨てる神あれば拾う神ありとはまさにこのことだ。
敵は一人の武人だと言う。と言うことは、そいつを倒してしまえば、塩山を奪還できるということだ。
そして、俺はかつて弓の国に長い間駐在した経験がある。塩山城じゃ俺にとっては庭のようなものだ。忍び込むことも容易にできる。
俺は会議が終わった後、すぐさま大将のもとへと行き直訴する。
「大将」
「なんだ」
「塩山城の奪還を私に任せてもらえませんか」
「討伐隊に入りたいと、そう言うことか? だが、まだ武衛府が討伐隊を出すと決まったわけじゃない。場合によっては近衛府が出る場合もあるんだ」
「いえ、そうではありません。私と弟子の二人だけで奪還してみせます。それなら準備もいらないし、危険性もないでしょう」
俺が言うと、大将は怪訝な表情を浮かべた。
「たった二人で城を奪還するだと?」
「ええ。塩山城のことは知り尽くしています。それに敵の兵隊が少ないなら、大将の首をとればそれで城を取り返せる」
だが、大将は首を縦には降らなかった。
「今回は慎重に慎重を重ねる必要がある。お前が勝手に死ぬのは構わないが、それで何か取り返しのつかないことになったら王朝が滅びる。十分に作戦を練るのが先決だ」
「しかし、突の軍勢が城を支配してしまえば手遅れになりますよ。作戦を練っている間に、先に俺が城に潜入します」
「ダメだ。とにかく、今は待て」
と大将は有無を言わさないと言わんばかりに、その場を立ち去った。
取り残された俺に、ゴウが声をかけてくる。
「お前、これ以上功績をあげる気か」
「当たり前でしょう。王朝の危機は俺の機会ですよ」
「全く、罰当たりなやつだ」
「大将のやつ、仲間に誰かに仕事を任して自分の派閥を強化しようって魂胆ですよ」
大将は反王女派閥。王女派の俺に仕事を任せて手柄を奪われてくないと。
こりゃ、俺に仕事が回ってくることはなさそうだ。
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