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3-14


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「王女様の御成!」

 試験の開始直前、突然野太い声が武闘場に鳴り響いた。

 入り口から現れたのは、間違いなく王女様その人だった。

「お、王女様!」

 試験を監督する中将が驚きの表情を浮かべながら擦り寄る。

「突然、このようなところにいらっしゃって。どうされたのですか?」

 尋ねると、王女は笑みを浮かべた。

「科挙の実技試験がが行われると聞きました。少し時間ができたので、この国の未来を守る人々がどのような者たちか見物したいと思いまして」

「まさか王女様がいらっしゃるとは思わず、席も準備しておりませんが……」

「構わない。その辺に座って見ます」

 と、王女はおもむろに見学席の一角に腰を下ろす。

「私には一切構わず、試験をはじめてください」

「……は、はぁ」

 中将は突然のことに少し動揺していたが、しかし王女が何も要求はしてこないとわかると、試験の開始を宣言する。

「それでは、これより武人登用の科挙を始める」

 今回の受験者は総勢十名。本試験で不合格になったものが大半だったが、しかし彼らの腕前もなかなかのもので、例年であれば余裕で試験に合格したであろう猛者も多かった。

 初めの三人目は、第一段階を軽々突破し、第二段階でも善戦した。

 そして四人目は第二段階を突破。さらに彼は第三段階の魔物とも善戦した。五分も対等に戦い、いくらか傷までつけて見せたのだ。

 そして五人目もなんと第二段階を突破。

 ……スグには第二段階を倒せば合格の可能性があると言ったが、どうやら今年はそうではないらしい。

 賎民にも門戸を開いたことで優秀な人材が集まったと聞いていたが、まさかここまでとは。

 そのあとの六人目と七人目はどうにも不甲斐ないやつだったが、次の八人目も第二段階を突破。さらに九人目も第二段階を倒してしまった。

 ――合格の枠は最高で三つ。

 第三段階まで倒したものが一人、第二段階を突破したものは多数。

 つまりスグが合格するには第二段階を倒すことが最低条件になる。

 ――だがスグの場合、それだけでは不合格だ。彼女にはまだ言っていないが、実は後日筆記試験が行われる。読み書きができない彼女は確実に零点だ。

 筆記の配点は大きくないので、実技試験で他を圧倒すれば合格は確実だったが……ここまで優秀な者が集まっているとそうもいかない。

 筆記の分を巻き返すには、第三段階を倒さないといけない。

 ――万全でも合格は難しいだろう。

 あわよくばと思ったが、どうやら今年の合格は不可能らしい。

「受験番号十番、スグ!」

 と高らかに名前が呼ばれ、スグが武闘場に姿を現す。

 その足取りは確かだった。とても今朝まで高熱にうなされていたようには見えない。

 だが、命を賭けた戦いでは一瞬の隙も許されない。万全ではない状態で果たして無事戦い抜くことができるか――

 俺は席の最前列に立ち、危なくなったらいつでも助けに入る準備をした。

 頼むから無事に乗り切ってくれ――

 スグは鞘から剣を抜き、正中線に構える。

 そして、反対側の入り口にある檻が解放される。

 中から一匹目の魔物、死狼が出てきた。

 こないだ赤眼の村で戦った奴より数倍大きい種類だ。しかもすばしっこさも兼ね備えている。ちょっと腕に自信があるくらいでは勝てない。

 死せる狼は、低く吠え、そして一目散にスグに向かって駆け出し――飛びかかった。

 避ける隙を与えない――

 いや。スグは避ける気などさらさらなかった。

 向かってる狼に向かって、真正面から同じだけの速度で斬りかかる。次の瞬間、剣が狼を真っ二つにしていた。

 ――見ていた者たちが――俺を含めて息を飲む。

 スグの瞳には、確かに鋭い闘志が宿っていた。

 止めに入ろうと思っていたが。

 今のスグの瞳は、もし止めに入れば、俺でさえ斬られてしまうのではないかと錯覚するほど鋭かった。

 続けて、二匹目の魔物が放たれる。

 今度は巨大なトカゲだ。狼ほど素早さはないが、石のように硬い鱗に覆われている。下手に剣を突きつければ折れてしまうだろう。

 自分の三倍はあろうかという魔物を相手に、けれどスグは一切ひるまなかった。

 その紅色の瞳でトカゲをひと睨みし、そしてやはり正面切って戦いを挑む。

 その圧倒的な殺気を前に、凶暴なトカゲも怯んだようで、斬りかかってくるスグにまっすぐ向き合わず、その硬い側面をぶつけるようにして体当たりをしてきた。

 だが、スグは岩のような鱗にまっすぐ剣を突き立てる。

「――撃砕!」

 次の瞬間、剣はトカゲの鱗を突き破り、そのままその肢体を武闘場の壁まで吹き飛ばした。

 トカゲの死体は緑色の血を壁に塗りたくりながら壁を伝って地面に落ちた。

「嘘だろ」

 見ていた武人が口々に言った。

 他の受験者たちも魔物を倒したとはいえ、ここまで圧倒はしていない。それなのにスグは文字通り瞬殺して見せたのだから、当然の反応と言える。

 だが――ここからはこれまでとはちょっとレベルが違う。

 次の魔物は、死体を加工して作られた武者だ。燕国で作られた鋼鉄の鎧と剣を装備している。

 ――それが一度に五人。

 死人ゆえの怪力を持った五人が、同時に襲ってくるのだ。下手をすると一瞬で殺されてしまう。

 俺は固唾を飲んで見守る。

 武者たちが駆け出した。その動きは死体とは思えぬほ速い。

 そして一斉にスグに斬りかかる――

 会場にいる誰もが、次の瞬間少女が切り裂かれると思った。

 だが、一人だけそうは思わない人間がいた。

 ――襲われている少女本人だ。

 スグは、武者の動きを見切っていた。

 同時に襲いかかってくるといっても、完璧に同時に四方から襲いかかってくるわけではない。死者にそこまでの統率力はない。

 最初に飛び込んできた武者の剣を避けながらその腹を一刀両断。さらに続く二人の首をを返す刀でまとめて斬り飛ばす。

 そして、地面を蹴り、少し遅れてやってきたもう二人を今度は串刺しにする。

 ――神業という他なかった。会場にいる誰もが息を飲んでいた。

 少なくともスグの強さを知っている俺からすれば、驚くべき結果ではない。

 だが、今彼女は熱にうなされているのだ。それなのにいつも通りの強さを発揮しているその精神力には言葉がでない。

 そして、わずかな沈黙。魔物を檻から出す係の武人は、本当に次の魔物を出していいのか困惑しているのだ。それまで第四段階の檻は、準備こそされていたがしかし放れたことはなかった。

 だが、スグの殺気が扉に向かい――その目を見て武人は戦うことを所望しているのだ確信する。

 そして、いよいよその扉が開け放たれた。

 第四段階の魔物はやはり生ける屍。

 だが、さっきの武者とはわけが違う。

 厳かに檻から出てきたのは、袴を来た長髪の男――の屍だ。

 こいつは先の戦争で殺された突の国の武人を元にして作られている。つまり元武人、というわけだ。

 たたでさえ武人ゆえに高い戦闘能力を持っているにも関わらず、今は死人となったおかげで恐れや制限というものがない。それゆえ、体にどれだけのダメージがあろうとも力の限り動き続ける。

 いくらなんでも、あれはヤバイ。

 なにせ科挙受験者であれを倒せたものはいないのだから。

 ――止めなければ。

 そう思ったが――やはり、スグの瞳を――赤い殺気が宿った瞳を見たら、動くことができなかった。

 武人としての本能がそうさせる。無用な手助けは、彼女の剣士としての誇りを汚すことになる。

 ――今回ばかりは、先に動いたのは魔物の方だった。

 一気に間合いを詰め、斬りかかる。

 甲高い音が鳴り響く。歯を食いしばったのはスグの方だけだった。見ているだけでも、男の放つ剣圧が感じ取れる。

 魔物が押し切りスグは数歩後退させられる。その隙にさらにもう一つ、重たい一撃。

 例え刃に直接触れずとも、その衝撃は体を突き刺す。いくらスグが敵の攻撃を先読みしても、痛みを消すことはできない。

 さらに、男は剣を振り切ったついでとばかりに回し蹴りを飛ばす。スグは寸でのところで避けるが、もし直撃していれば即死だったろう。

 スグが剣を正中線に構え直す――隙を与えず、すぐさま次の攻撃。

 そして、次の瞬間、魔物は普通の剣戟では決着がつかないことを、本能的に悟ったのだろう。

 ――男の刃が光に包まれる。

「……リュウサイ」

 一刀流、第三の形、龍砕。決して難しい技ではない。だが、失うものがない者が放てばその威力は絶大だ――

 スグも地面を蹴って、その技を真っ向から迎え撃つ。だが、剣がぶつかったそのわずか後、幼い少女の体が後方に吹き飛ばされ、地面の上を滑っていく。

 少しの間、スグは立ち上がることができず、地面に倒れ込んだままだった。

 だが、少女がまだ生きていることを感知死せる武人は、再びその剣に光を宿す。

「……ガンカク!」

 マズい。あれは一刀流の上級形だ。威力は天流乱星にも勝るとも劣らない。もし受けそこなえば、スグの体は肉片と化すだろう。

 もはや誰もが少女の命は潰えたと思ったが――

「――撃砕!」

 その赤い瞳が光る。

 そして次の瞬間、赤色と銀色が交錯した。

 空気を震わせ、周囲の地面をえぐり飛ばす剣圧――

 長い拮抗ののち、競り勝ったのは――赤い瞳の少女だった。

 魔物の持っていた剣を真っ二つに切り裂き、そのまま胴体を斜めに振り斬る――

 濁った血が吹き、動く屍は単なる屍に戻った。

 残心をとり動かないスグ。

 観客たちは圧倒されて言葉がない。

 ――だが次の瞬間、その沈黙を破るように、スグの小さな手のひらから剣の柄が滑り落ち、カランという音を立てた。そのまま前のめりに地面に倒れる。

「スグ!」

 俺は慌てて飛び出し、スグの元に駆け寄る。

「おい、大丈夫か!」

 抱きかかえると、幸い息はあった。気を失っているだけのようだった。

「おい、医者! 医者を呼べ!」


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