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それからスグは、身体が鈍らないように最低限の稽古をして日々を過ごした。
そして、いよいよ明日が科挙本番。
――試験に合格する自信は十分にあった。それに体調も万全だ。
いつものように、合計三百回の素振りをこなす。これで稽古はおしまい。あとは明日に備えて休むだけだ。
汗をぬぐい、稽古道具を片付ける。
すると、突然後ろから声をかけられた。
声の主に、スグは驚く。
「烏崎……様」
師匠であるリュウの宿敵、烏崎。
スグは、貴族に対して特に恨みがあるわけではなかったが、今まで自分と師匠を散々敵視してきた人間なので警戒心はあった。
だが、今日は彼女の様子がいつもと違うことに気が付いた。いつもは見下してくる彼女が、今日は穏やかな笑みを浮かべていた。
「スグ、ちょっとだけいいかな」
「はい、何でしょうか」
「今日はお礼を言いにきた」
突然の言葉にスグは困惑する。
「お礼、ですか」
「ああ。こないだの天馬での戦いの時、弟子を助けてくれたそうじゃないか」
スグは記憶を遡る。確かに倒れていた御堂ユキを建物の影に運びはしたが、あれは改めてお礼を言われるほどのことではない気がした。
「それに、私自身も、甲冑の男にやられかけていた。君がいなきゃ、私は今頃死んでいただろう。戦いの直後は、私もちょっと混乱していたんだ。でもよくよく考えてみたら、君は命の恩人だと気が付いたんだ。だから本当にありがとう」
と、烏崎は勢いよく頭を垂れた。
官位を持つ貴族が、卑しい赤眼の少女に頭を下げる様は、なかなかみられない光景だった。
「いや、そんな、やめてください」
突然のことにスグは混乱する。彼女の人生の中で、貴族に頭を下げられたことなどなかったから、どうしていいかわからなかった。
「……当たり前のことをしただけです」
「いや、君は命の恩人だ」
烏崎のまっすぐな瞳を見て、スグは彼女に持っていた苦手意識が消えていくのを感じた。
「それで、これは本当に些細なものなのだが……」
と、烏崎は右手に持っていた包みを差し出した。
「……これは?」
「団子だよ。砂糖を使っているから甘いぞ。口に合うといいのだが」
「いや、そんな高いものいただけません」
「まぁまぁ。もう作らせてしまったのだから、受け取ってほしい。私は甘いものは苦手だから、君に貰ってもらえないなら、その辺に捨てることになる。さぁさぁ受け取ってくれ」
と、烏崎は無理やりスグの手をとって、包みを渡す。
「……本当にいいんですか」
スグが聞き返すと、烏崎は笑顔で頷いた。
「もちろんだよ」
最初は遠慮したスグだったが、烏崎の目を見るうち、素直に好意を受け取ることにした。
「では、ありがたくいただきます」
「ああ、味は保証する。それを食べて、明日の試験、頑張ってくれ。陰ながら応援しているよ」
「はい、頑張ります」
「健闘を祈る」
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