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村に帰ると、逃げていた村人たちは既に戻ってきていた。魔物によって入口が少し荒らされたが、幸いなことに、人にはほとんど被害がなかったようである。
安心して寝泊まりしている小屋に帰ると、スグはいなかった。
服を洗っているのだろうと川の方へ向かうと、案の定服を洗って乾かしているスグの姿があった。
「スグ」
声をかけると、彼女は暗い顔をこちらに向けた。
村人も別にお前が嫌いでひどい扱いを訳ではないのだと、そう伝えようと思ったが……それは本人たちの口から言うがいいだろう。
今の俺には別に言うべきことがあった。
「ありがとう。お前がいなきゃあいつには勝てなかった」
少し悔しいがそれは事実だった。スグがいなければ今頃俺は死んでいるか、民を放り出して逃げ出していただろう。
俺が言うと、彼女はわずかに口角を上げた。
それ以上言葉を重ねても、彼女の心が晴れることなどないとわかっているので、俺は黙って彼女の隣で上着をを洗う。
日は沈みかけていた。俺たちは洗濯を終え、濡れた服をカゴに入れて宿に戻る。
と、その時ちょうど向こうから数名の人間が現れた。
格好で賎民ではないとわかった。一体街人が何をしにきたのかと思ったが、見るとその先頭に立つのはさっき俺に話しかけてきた中年の男だった。
彼らは俺たちを見つけると、勢いよく駆け寄ってきた。
「剣師様」
「こんなに早く持ってくるとは思わなかった」
「国司様用に作ってあった分がありまして。国司様には、死体どもに食われたとでも言っておきます」
スグは何が起きているのかとぼうぜんと俺たちの方を見ていた。
「街を救ってくださったお二人に、ささやかですがお礼を」
と、おじさんの後ろにいた若い女が、両手のひらを合わせたより少し大きいくらいの包みをスグに差し出した。
突然のことに、スグは包みを受けとることができずに、俺の顔を見た。
「くれるつってんだから受け取れよ」
催促すると、スグは持っていたカゴを地面に置き、恐る恐るといった感じで包みを受け取った。
「腐るのが早いですから。今日のうちには食べちゃってください」
おじさんがそう言うので、スグは包みの紐を解く。
中から出てきたのは、真っ白な団子だった。
「弓の国一番と名高い。高松屋の団子です」
おじさんが言うと、スグは「高松屋の!?」と声をあげた。
「なんだ知ってるのか」
高松屋は弓の国一番の菓子屋として有名だが、基本的には金持ちのための店で、貧乏人が気軽に立ち寄れるような店ではない。俺も名前は知っていたが食べたことはなかった。
「ええ、噂で聞いたことがあるだけですが……本当にいいんですか?」
スグが聞くと、おじさんは笑みを浮かべて「もちろん」と言った。
「あんこに砂糖を使ってるから死ぬほど甘いんです」
とおじさんが説明する。砂糖といえば西方からもたらされる高級品で、この頃は国内でも栽培に成功して供給が増えたとはいえ、未だ庶民にはとても手に入らない代物だ。
「それでは……」
スグは恐る恐ると言った風に団子を口に運ぶ。
「あの……」
あまりの美味しさに言葉が出てこないようだった。
「そんなに美味しいのか」
聞くと、スグは団子一つつまみあげて、突き出してきた。俺はそれを口で直接受け取る。
「ああ、確かにこれはうまいな」
確かに、有名なだけあって、その団子は頰が落ちそうなほど美味しかった。
「でも俺は甘いものはそこまで好きじゃないんだ。残りは全部お前が食べていいぞ」
俺が言うと、スグは「一緒に食べましょうよ」と言ってきたが、俺は本当にいらないとだけ言って、少し離れたところに腰を下ろす。
スグは街人に囲まれながら、美味しいそうに残りの団子を食べる。
その様子を見て思った。
お前、そんな笑顔、できるんだな。




