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2-3



 翌日、宿を出て半日ほど馬を走らせると、とうとう目的地が見えてきた。

 弓の国第二の街、天羽だ。

 都と違い、自然発生的に生まれた街なので通りはまっすぐではなく、全体的に雑多だ。特に外縁部は市場になっていてることもあり人通りが多く、その印象を強めている。

 言うまでもなく、市場の広さや商品の多さで言えば、都のそれに敵う筈もないのだが、不思議と活気では負けていない気もする。雑多さが、逆に活気を感じさせるのかもしれない。

 俺たちは市場の商品に時折視線をやりつつ、街の中央にある役所へ向かう。

 十分ほど歩くと役所が見えてきた。決して豪勢というわけではなかったが、壁に囲まれていて他とは明らかに規模も作りも違うので一目でわかった。

 門のところで守衛に通行手形を見せる。

「白河様ですね。中で国司様がお待ちです」

 守衛に案内され、国司がいる部屋へと通される。

「剣師様がいらっしゃいました」

 部屋の前で守衛がそう言うと「戸を開けよ」との声。守衛が扉を開けると、中年の太った男が出迎えた。

「弓の国、すけの宮木と申します。剣師様の到着をを心待ちにしておりました」

 長官かみは国都の方に駐在しているだろうから、次官すけの彼がこの街の総括者ということになる。大国の次官となれば、位階は六位。俺と同格であるが、それでも彼が頭を下げるのには、俺が都から来たからではない。本当に、武人の力を必要としているからだろう。なにせ、定住者だけでも七千人を超える大きな街に、今は武人が一人もいない状態なのだ。これはかなり危険な状態と言える。

 だが、そんな歓迎の雰囲気が、次の瞬間――介の視線がスグに向いた瞬間――一瞬で陰りを見せた。

「剣師様。なぜ赤眼をお連れになっているのですか」

 介は、露骨に顔を歪ませていた。

「なぜって、俺の弟子だからですよ」

 俺が言うと、介は信じられないと言う表情を浮かべる。

「弟子とは……まさか、武人になるというのですか。その赤眼が?」

 やれやれ、俺はこの先このやり取りを何回すればいいのだろうと思った。

「武人の弟子が武人になるのは当然でしょう」

 俺が言うと、介は嫌悪感を隠そうとしなかった。

 任期中こいつと仲良くやっていくことはできないということを悟って気が重たくなったが――

 しかし、介の次の言葉は俺が思っていたよりもはるかに過激だった。

「この街に、赤眼が居座ることなど、許可できませんな」

「……なんだと?」

「赤眼には赤眼にふさわしい場所というものがあります。この街の秩序を守るためです」

「俺は朝廷の命令でこの街に来たんだぞ? それを、街に泊めないだと?」

「それならなおさら。街を守る仕事ならば、敵は外からやってくるのですから、外にいてもらうのが好都合でしょう」

「なッ……」

 呆れて物も言えないとはこのことだった。

「幸い、武人様がもう一人来てくださる予定です。その方がいれば、ひとまず街の中は安全でしょう」

 確かに、師匠は俺以外にもう一人の武人を派遣すると言っていた。

「……いいでしょう。国司様が拒むなら、従わざるをえません」

 俺はこいつとは会話が成立しないと諦めて、踵を返す。

「スグ、いくぞ」

 俺が言うと、戸惑った表情を浮かべたスグは俺と国司の顔を交互に見てから、俺についてきた。

「あの、大丈夫ですか。街を守るのが任務なんですよね?」

 とスグが心配そうに言ってくる。

「別になんの問題がある? 俺の任務は国司の付き人になることじゃない。勝手に寝泊りして、魔物が襲ってきたら戦えばそれでいい。なんの問題がある?」

 足早に役所を後にして、街の外縁部へ向かった。

 幸い、天馬は広い。目立たないところでのんびり過ごしていれば、国司と会うこともないだろう――という目論見だったが。

 適当な宿を見つけて、女将のおばさんに尋ねる。

「いらっしゃい」

「おい、部屋を取りたいんだが、空いてるか?」

「そりゃもちろん空いて――」

 と言いかけて、笑顔だった女将の顔が、急に濁った。

「いや、ダメ。赤眼はお断りだよ」

「なに?」

「卑しい人間はお断りだって言ってんだ」

「おい待て。俺が誰だかわかってるのか。武衛府の剣師だぞ?」

「あら、剣師様でしたか。こりゃ失礼。でもね剣師様だけが泊まるんならいいですよ。でもね、赤眼はお断りなんです」

 俺は思わず顔をしかめる。

「ほらほら、出てけって」

 まさに取りつく島がない。仕方がなく宿を後にする。

「全く腹立たしいが……宿は腐る程あるさ」

 スグにそう言うと、彼女はひどく気まづそうな顔をしていた。

 俺は足早に歩いて、別の宿に入る。

「すいません。部屋を探してるんですが」

 ――だが、次の店の反応も同じだった。

「赤眼と同じ宿の下で寝られるか。ほらほら帰った」

 流石におかしいと思いながら、たまたま連続で<高貴な>な主人の宿に入ってしまったのではないかと思って、さらに別の店へ行く。

 だが、どの宿でも同じように断られた。

 確かに、赤眼は身分が低い。だから差別される。

 だが王宮に入れないってんならまだしも、ただの宿に泊まれないってのは異常だ。

 貴族は世間体を気にするのが、商人なら、金さえ払ってくれれば誰でも<お客様>ってのが普通だろうに。

「……もういい。天羽に泊まるのは諦めよう」

 俺がそう言うと、スグが聞いてくる。

「任務はどうするんですか?」

「国司自ら助けなど要らないってんだ。ならお節介を焼いてやる義理はない」

「……野宿するつもりですか」

 スグが俺の顔を伺いながら聞いてくる。

「いや、さすがにそれは勘弁だ。近くに賤民の村があったはずだ。宿があるかわからないが、なければ豚小屋にでも泊めさせてもらうことにしよう」


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