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海賊たちの声  作者: 時津彼方
第一章 秋の訪れ
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R―ST、ムーンナイト・マジック

 今日は暑い夜だ。秋奈からのメールを見て、自分には返し歌が求められているということはわかったものの、和歌どころか、作文すらあのころから自分で進んでやろうとしなかったものだから、いざというときに構想すら思い浮かばない。こういうときって、自分の経験をもとに書くとやりやすいけど、うーむ………。

 

 そして突然、僕は思い出したのだ。たまに、このことを思い出すことはあるが、今日ほど鮮明に思い出したことはない。しかも、あの事だけではない。僕の失われていた記憶の鱗片がすべてつながった。頭の中で、あの数か月のことが、荒野をかける獅子のように、駆け巡っていた。僕はすぐに、ある写真を探し始めた。

 

 私は、あの時のこと、そして彼にひかれていた理由が分かった。ここまでのすべての感情が、本能によるものだったと分かった。彼が怒ったのも無理はないし、無意識に彼を傷付けていた私は、とても罪深い存在だと責めた。そして、今日誘った場所も、デリカシーがないやつだって思われても仕方がない場所だ。彼の過去を頭の中で再生した時、私が海を求める理由が分かったような気がした。

 

 人はどうして、過去から目をそむけたくなるのだろう。『過ちて改めざる、是を過ちという』という孔子の言葉がある。僕が初めて触れた漢文だ。過ちを無視して去った後には何が残るのだろう。罪悪感、劣等感、背徳感。

 いや、むしろそれらを残さないためにあるのかもしれない。でもそのあとに代わりに残る虚無感はなんとも言えない。

 

 私は昔、バレーボールをしていた。その傍ら、様々なことに興味を持ち、テレビを見たり、本を読んだりした。私の小学生のころ。憧れの背中を追いかけた、幼いころ。

 まだ彼は知らないだろう。私と一度、あの時、会っていたことを。たぶん、彼は私がからかっているつもりで話しかけたり一緒に帰ったりしているのだと思っている。でもそんなの違った。それは運命だったんだって、今なら強く言える。彼は知っているのかな。私が誘った場所は、君と私が初めて会った場所なんだって。たぶんうやむやになって別れたから彼も考える余裕がなく、ただ『聖地巡礼』という言葉に反応して行きたいと思ったのだろう。でも彼は冷静だから、すぐにあの場所だと分かってしまうんだろうな。

 

 君は多分、あの場所にいたのだろう。人格が変わったねと、古い友人は言うのだろうが、僕を詳しく知る人は、この世にはあまり多くない。そもそも話していた人が限られていたというのもあるかもしれないけど。

 あの日の惨劇は、この世で一番、残酷なものに見えた。そして、彼女はそのことと向き合ってほしいと願って、僕をあの場所に誘ったのだろう。

 

 私は、画面をスワイプし、あの場所を見る。大きな木が、ぽつんと立っている。御神木と呼ばれるそれは、私と彼の、いや、彼らとの思い出の場所だ。その後ろは特に開発もされず、荒れ地のままだ。本当は会う筈のなかった、彼の幼い背中が脳裏によみがえった。同じく幼かった私にとって、その背中は大きなものに思えた。

 

 僕は気晴らしに散歩に出かけることにした。

 夜歩くと補導されるらしいが、高校生ともなると、夜中にバイトをする人もいるだろうし、まだ九時過ぎだったからそこまで心配していなかった。そう、もう僕は高校生だ。世間では社会人となっている人もいて、僕と同じように学んでいる人もいる。そういった半端者が高校生だ。アイデンティティを探していたあの頃を思い出してから、もう一時間がたった。とても長く感じられた一時間だった。

「あら、こんな時間にどうしたの?」

「今日涼しいからちょっと散歩してくる。大丈夫、すぐ戻るから」

靴を履いて開けた扉は、明日への道なのだと、僕は一歩踏み出した。過去と向き合って進む、第一歩だ。

 空を見上げるとさっきまできれいな半月だったのに、今となってはおぼろ月だ。記憶が鮮明になると同時に、無意識に隠していた恐怖心ともう一度向き合う苦しさを感じつつあった。

 その思い出す景色は、相変わらず、赤だった。七分咲きの桜の鱗片が舞い落ちていたあの場所は、今やその足元で鈴虫が泣いているのだろう

 

 もう、あの「赤」から何年がたっただろう。

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