2、ゲラは語る
山道の景色は、実にきれいだった。まさに、小説が現実にそのまま飛び出してきたかのような、絶景が眼前に広がっていた。そして、僕はこの景色の中で、覚悟を決めた。
「なあ、秋奈」
「何?」
「あのさ、初めて帰り道一緒に帰った日のこと、覚えてるか?」
「ああ、あれね。きみが私を泣かせたあれねー」
「あ、いや、もうそれは置いといて」
ふうーん、と秋奈はにらみつけるような目で、笑って近づいてきた。
「ご、ごめんなさい!」
「で、話は?」
「うん、あのさ……」
僕たちは最果てまでたどり着いた。そこには、紅葉の中を切り裂くように流れる滝があった。下にたまっている湖の上には、子供の手の大きさほどの赤い葉っぱが、ぷかぷかと浮いていた。今はまさに紅葉真っ盛りといった感じだ。その滝につくと同時に、僕はすべてを話しきった。
「え、てことは……あのニュースはでたらめだったってこと?」
「そう言うなら、そういうことだ」
「どうして何も言わなかったの?こんなこと……世間が知ったらどうなることか……」
「逆に、世間がそう思ってくれているなら願ったり叶ったりだ」
「でも、どうしてそれを私に?」
「もうわかってたんだよ。秋奈、お前あの場所にいただろう?」
「まあ、いたけど。それでこの話をしてくれて、知った私はどうしたらいいの?」
「その場にいた人にだけ事実を知ってもらいたかったから。ただ、知っておいてほしかっただけ」
「そう。でもね、実は私、もう知っていたんだ」
「は? どういうことだ?」
秋奈はこちらを見た。紅葉と滝をバックにしてみた秋奈は、どこかで見たことがあった雰囲気がした。
「風車」
「風車……! まさか」
「そう、もうわかったね。さ、二人で写真撮ろう。すみませーん! ちょっと写真撮っていただけませんかー」
秋奈はカメラをおばあさんに渡し、手すりに体重をかけていた僕の隣に立った。
カシャリ、とシャッター音が鳴った。
「これでいいかしら?」
「はい、ありがとうございます」
「二人さん、ここで起きた事件、知ってるかい?」
「もちろん、知っていますよ」
僕はそう答えた。その瞬間、おばあさんの顔に誰かの顔が重なって見えた。
「私の孫もそれに巻き込まれたんだよ。幸い軽いけがだけで済んだけど、心の傷はまだ癒えてないようでね、たまに亡くなってしまった幼馴染のことを思い出しているんだよ。あいつが帰ってくるまで、あいつがこの町に帰ってくるまで、俺たちはここで死んでも待ち続けるからな、なんて言って、夜泣いているときもあってね。見ていて慰めてやろうにも、死んだ人を呼び戻すなんてできなくて……」
「……」
僕たちはおばあさんと別れて、折り返した道を進み始めた。
「啄木君、まさか」
「いや、その予想は間違っている」
「やっぱり会った方がいいんじゃない?」
「でも、あいつにあったらあいつらのことを思い出しそうで」
僕は自分の顔が青ざめているのが分かる。「ちょっと休もう、ね?」
僕たちはアトリアルホールの見える喫茶店に入った。秋奈の気配りのおかげで少し体調がよくなった。ちょうど昼時なので、おなかがすいていた。僕と秋奈は、サンドイッチとジュースを頼んだ。
「ごめん、話題を変えよう」
「そうだね」
僕たちはのんびりサンドイッチ片手に、本の話をした。ある程度話をした後、僕はお手洗いに行った。
彼がお手洗いに行ったのと入れ替わるように、「失礼します」と、アルバイトらしい人が近づいてきた。同年代のようだ。
「お二人様、本が好きなのですか?」
「まあ、それなりには。さっきの彼はもっと本好きですよ。って、バイト中ですよね? 大丈夫ですか? こんなところで油売って」
「大丈夫です。今のお客様はお二方だけなので。作るものも、お客様が何かオーダーしない限りないですよ。それで、私、少しお勧めしている本がございまして」
「おすすめの本?」
「これなのですが」
その本の題名は、『若き海賊の夢想』というもので、作者は最近新人賞をとったことがネットニュースにも上がっていた、アララギジンだ。
「実はこの本の作者とかなりの縁がありまして、この本をどうしても多くの人に広めたいと言っていたものですから」
「なるほど、でも、これゲラですよね?」
「大丈夫です。コピーです。これの一番後ろに電話番号が書いてありますので、感想は後日お聞かせください」
「わかりました」
「ありがとうございます!」
その時、カランカランと、音がして店の扉が開いた。
「はい、いらっしゃいませ!」
アルバイトの人は行ってしまった。その後も続々と人が入ってきて、あの人は忙しそうにしていた。
「ごめんごめん、ちょっと長電話してて」
啄木君がポケットにスマートフォンを入れながらこちらへ来た。そして、ゲラを見つけた。
「なんだ、これ。『若き海賊の夢想』?あっ、アララギジン! どうしてこれを?」
彼は目を輝かせていた。本のことになると、
大人っぽくも、子供っぽくもなる彼の感情の変化が可笑しかった。
アルバイトの女性は、そんな二人をほほえましく見ていた。
「でも、とてもそっくりなんだよ。ほんとに生き写しみたいで」
同僚の男性は馬鹿馬鹿しそうに、
「まさか、いくらここでバイトし始めたからって、もうあいつはいないんだから。そう、あいつは……」と、右のこぶしをさすりながら言った。
「仁も帰ってきたら、このことを話してあげたいな」
「そうだね。よし、仕事、仕事!」
女性は自分の頬をパンパンとたたいて気合を入れた。




