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海賊たちの声  作者: 時津彼方
第二章 海賊たちの声
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R―ST①、海風そよぐ

 今、海に来ている。もうあの場所から離れてしまい、山を越えてこの都市に来た。ここは海の近くの大都市。『自然と調和した生活』を目標に、環境第一の生活を送っている人々の様子は、とても落ち着いていた。これが、求めていた大人っぽさなのかもしれない。

 あれから、まだ一か月も経っていないのに、もうほとんどのことを忘れ、それでもここの生活になれずにいる。ずっと、夢うつつのような状況が続いている。あまりにも変わり過ぎた生活のせいだろうか。もう学校のあの図書室もないし、慰めてくれる仲間は……。

 いや、違う。

 新しい生活におびえている自分のせいだろうか。学校に通い始めてからまだ一週間しかたっていないが、本で読んだ通りの疎外感は否めなかった。流石隣町だ。前の町であったことはすでに周りの児童には伝わっている。

 まあ、知らなくても当然気にするが。

 でも、違う。

 なぜだろう。


 今日もこの海に来た。コンクリートを固めて作られた堤防には白いペンキの塗られた柵があり、そこから顔を出すような風貌で海を眺めていた。これが長く望んでいた海か。

 その海は少しエメラルドグリーンがかった群青色で、隅のほうには誰かが捨てたごみが海面に固まってよどんでいる。遠くには、海上遊園地がキラキラと輝いている。あんなに大きな観覧車から見た海は、もっとすごいのだろうか。今度、連れて行ってもらおう。

「海は限りなく広い、か」

 すっかりかすれた声で独り言をつぶやいた。

 観覧車から少し近くに目を向けると、同じように海を眺めている女の子がいた。活発そうな女の子で、今まで関わったことのないようなタイプのようだったので、余計この町での疎外感が増してきたのを感じ、また海に目を戻した。

 昔読んだ小説、『海山道中』の一節に、こんなものがあった。


 “海はただ広い

   大海を蛙は知らない

    上を向いても

     大海を知ることはできない“

 

 海を初めて見た山丞(やますけ)海丞(うみすけ)が言ったものだ。

 そもそも、この小説は特に面白くなかった。

 書いていたのがまだまだ未熟な作家のデビュー作だったからかもしれない。新聞か雑誌か単行本か。どの媒体で読んだのかはわからない。内容は支離滅裂だったし、小学生には難しすぎたのかもしれないが、内容は一切頭に入ってこなかった。

 このように、知識は永遠に残るが、思い出は風化してしまう世界の残酷さを胸に、今日は海を去ることにした。

 海を背にすると、後ろから大きな音が聞こえた。船だった。上のほうで人々が手を振っている。

 ふと、左を見ると、そこには周遊クルーズの看板があった。なるほど、灯台下暗し、ということか。ここに来るのはもう五回目なのに、今初めて気付くなんて、驚いた。しかし、安全のために、乗ることができるのは中学生以上だそうだ。いつか、あれに乗ってみたいな。

 いつの間にか、ぼーっとしていたようだ。

 船はもう港について、人々はもう降りてきて隣を過ぎていった。声をかけられるまで、気づかなかった。


「ねぇ、そこの君」

 はっと気づいて後ろを振り返ると、大学生ぐらいの女の人が立っていた。

「君さ、海好き?」

 突然の質問に少し驚いたが、

「はい、それなりには」と、答えた。

「そう? それなりっていうようには見えなかったけどね」

「……どういうことですか?」

「だって君、海を見ながらどうしていたと思う?」

「え、特に何も、してないですけど……」

「やっぱり気づいてなかったんだ。ほら」

と、近づいてきて、顔に手を伸ばしてきた。

 何をされるのかわからず、逃げようかとも思ったが、妙な安心感もあり、その場にとどまった。

 ほほを手で撫でられた。かすかに何かが離れた気がした。

「君、泣いていたんだよ? 海見ながら。私ね、大学で心理学の勉強をしているの。まあでも、まだ入学したてだけど。人の気持ちを読み取るのが好きなんだ」

 そういって、彼女は柵の上に、さっきの自分と同じようにひじを置いた。

「面白いと思わない? 顔を見ただけでその人の感情が分かったら、その人を助けてあげられるじゃない?私ね、将来養護教諭になりたいんだ。あ、養護教諭っていうのは、学校で言う保健室の先生ね。昔、学校でいじめられていて、相談師によく保健室を訪ねていたの。おかげで気分は晴れて一日一日大切に過ごして行けたんだけどね。って、私何話してるんだろ、小学生相手に」

 彼女に並んで先ほどと同じ体勢になり、

「やっぱり、小学生に見えますよね」と不意につぶやいた。

「あ、やっぱり小学生だったんだ。だって中学生ならあの船に乗ってクルーズに出て海を見たほうがおもしろいもの。さっき見たとき、君のことを高校生ぐらいだと思ったのが本音よ?小学生にしては大人びているというか、考えすぎで疲れてきっているというか……あ、また泣いてる」

「あ、すいません」

 涙をぬぐって、爪でカリカリと涙の跡を削った。

「君、それどうしたの?」

「あ、これですか? ちょっと、やんちゃしてしまって……」

「そう。きみ、名前なんて言うの? あ、こういう時は自分から名乗るのが普通ね。私は、南方慶子。現役大学生一年」

 この人になら名前を言ってもよさそうな気がした。まさかこの町に来て初めてまともに話すのが見知らぬ大学生だとは思わなかった。

「僕、町田啄木っていいます。小学六年生」

「そう、いい名前ね」


「じゃあ、今日はもう帰るので」

「君、またこの海に来るんでしょ?」

「さあ、わかりません」

「ふふっ。じゃあね」

 そういって、南方さんは手を振った。僕は軽く頭を下げ、その場を去った。

 あの謎めいた女性には、特に惹かれることもなく、日々の喧騒の中に消えていった。

 

 それから、あの海にもう一度行ったのは、中学一年生の最後のころだった。

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