7、君が好き
みんな思い思いのことを語り合った。和哉はちょうどピクニックをしている御神木について、話し始めた。
「ここは、『あなたの手に紅葉載せて』の聖地なんだ。ほら、今年映画化する、あれ。一昨年にはロケハンにも来てたんだ。それで、こことここの近くの商店街が使われたんだ」
「だから途中であの映画の広告がでかでかと立っていたんだな」
「そう、で、実は映画の出演する俳優の中の一人、逆瀬川隆之介が今日このイベントに来るらしいんだ」
「え、あの歌も歌っている、あの逆瀬川が?」
「そうそう。閉会式に出てくるんだって。だから終わりで集合した時に会えるんだよ」
「よし、終わってからサインもらいに行こうや!」
「もちろん!」
「で、この御神木なんだけど、これは樹齢五〇〇年ものらしい。ここまで大きいのは日本でもなかなかないらしいよ」
知識系に強い和哉が言った。
「へえー、てことはここは応仁の乱の時からあるってことだよね?」
「それは違うよ?」
歴史系専門の若葉が指摘した。
「今が二〇〇二年だから、五〇〇年前は室町時代。応仁の乱は一四六七年だから、もっと前だね。実は、今から五〇〇年前って、小さな戦こそあったものの、あまり詳しくは知られていないんだ。だから、私はこのあたりのような空白の時間を『ブランク』って勝手に呼んでる」
「そうなのか。知らなかった。でも、五〇〇年って長い時間だよな。つまり俺のひいひいひいひい……」
「そんなに数えていたら日が暮れるがな」
「そりゃそうだな」
つかの間、笑いが起こった。
「ところで、今日の変え方でよかったか? 俺はちょっと無駄が多すぎた気がしたんやけど」
ものをかくのが得意な仁がみんなに問いかける。
「うーん、たしかに万人受けするけど、前みたいな瞬間の感動はなかったかな。どうだろ、たっくん」
「そうだな、たしかに前のほうが身のぎっしり詰まった熟成肉みたいだったけど、今回は具沢山なハンバーガーみたいだったかな。前のほうがド直球のストレートで、確実にストライクゾーンに入っていたけど、今回はとても遅いスローボールがうねうねしながら来ている感じ」
雑な解釈と比喩が得意な啄木が答える。
「つまり、前はぎっしり詰まって、急な展開に引き込まれる感じだったけど、今回は結末までの疾走感がなくて、普通一般によく見る舞台みたいだったってこと?」
精密な解説担当の楓が訂正してくれる。
「そうそう、これでも悪いってことはないんだけどね」
「たぶん、早すぎる流れに観客だけじゃなくて、私たち役者も引き込まれる感じが一番よかったのかも。前の舞台は本当にどこもまねできないものだったって、今だからこそ強く感じられた」
「なるほど。無駄は物語を良くも悪くもしてくれる、ってことやな」
「せやせや、仁」
「あのなあ」
みんな笑っていた。そう、笑っていた。
この後何が起きるかも知らずに。
その後も、彼らはのんびり話した。
「あ、そういえば、俺たちのチームで、何か名前みたいなの付けない?」
そう言い出したのは、啄木だった。
「それ、いいかも」
「五年二組には、『最高な虹』っていうなんかパッとしないもんがついとるけど、もちろん別物やんな?」
「やっぱり、あれだめ?」
若葉が首を傾げると、四人は揃って「ダサい」と言った。
「で、何がいいと思う?」
「私たちって、やっぱり本好きが集まってできたチームだから、『ブックマスター』とかどうかな?」
「なるほど、それでいく?」
「ええ、ええよ。めっちゃええやんか!」
仁が絶賛しているのを見て、若葉は照れている。
「お似合いやな」と、和哉が茶化して言うと、
「違うわ、あほ!」と二人そろって返したのを見て、俺たちは笑ってしまった。
「よし、ブックマスターとして、これからもっともっと本読んでいくからな。大人なったら、絶対みんなに会いに来るから!」
楓はふっとほほ笑んで、
「待ってるね。ずっと」といった。
「よっ、お似合いさん!」
「いい感じですねぇ、お二人さん」
仁と若葉がここぞとばかりに仕返しの冷やかしをしてくる。
「まあまあ、その辺にしておいて、もうそろそろ移動したほうがいいんじゃない?」
和哉がにらみ合う四人を仲裁した。
気づくと、もう日は傾いていた。遅くなっても、バスで一人一人の家に送ってくれるから心配する必要はない。しかし、翌日の朝早く引っ越す啄木は、そのバスに乗らず、駅の近くのホテルに泊まるのでいよいよみんなとの別れの時がくる。
私は、今、言うんだ。今しかないんだ。
「あの、みんな先行ってて」
「え、なんで……」
聞こうとした仁を、和哉が手で制した。
(わかるだろ?)
(あ、なるほどな、了解)
みんなはそそくさと行ってしまった。舞台は整った。
そして、私は行こうとしたたっくんに「待って」と、かすれた声で言って引き留めた。
「ん? 何?」
「あ、あの……」
「大丈夫。俺はいつまでも待つから」
私は、その言葉で涙を流した。やっぱり、彼は私の一歩先をいつも行っている。私はしっかり近づいているはずなのに、全くそんな気になれない。なれないのは。
彼が優しすぎるからだ。
「どうした、何かあっ…」
私は手で待ってのサインをした。
そして、無理やり涙をぬぐって、目の前の憧れていた同級生の大人びた目を見た。
「たっくん」
「ん?」
「私、あ、あの……、たっくんのことが好きなんだ。私さ、いつもたっくんと一緒で、たっくんがいてくれたら、私は強くなれるし、成長できるんだと思う。もしさ、私たちが大きくなって、また会えたら……また逢えたらっ、私と、結婚してほしい!」
「……」
私はすべてを言い切った。たっくんのことをこれほど愛しているんだ。もし、小学生のガキの考えだっていう人がいたとしたら、ガキほど馬鹿で、猪突猛進な生物はいないって反論する。
一生懸命な気持ち、伝わったかな。
彼は、泣いていた。
「楓。ありがとう。本当にこの町から離れたくない。みんなが、楓がいてくれるから、俺も俺でいられる。俺も、楓のことが好きだ!」
「たっくん……」
「もし、会えなかったとしても、大丈夫。そうだ、ここを待ち合わせ場所にしよう。たぶん、俺はここに戻ってくる。だから、その時にみんなのところに行く。もちろん、楓のところにも」
「……うん!」
「よし、みんなのところに行こう! 逆瀬川隆之介を、見損なわないようにしないとな!」
「うん!そうだね!」
私にはとても、今の時間が宝物に思えた。
そして、走り出そうとした、その瞬間。
大きな爆発音とともに、目の前のホールに大きな火がおこった。
煙を出しながら、ドーム状の屋根に延焼していく。
「あ、あ……」
私たちは思わず立ち止まった。そして、私の足はすくんでしまった。全く動かない。
「た、たっくん……」
「楓」
「なに?」
「もう、あいつらは入ったか……」
「うん、たぶん」
「楓、立てるか」
「無理、足がすくんじゃって……」
瞬間、ブックマスターのみんなで過ごした日々が一気に頭に浮かんできた。
そうだ、彼を迎え入れるには、みんながいないと。みんなで、そして五年二組のみんなもいないと。そう、彼が帰ってくるときには、だれ一人として欠けてはいけない。
「そうか、じゃあ……」
「待って、立てる」
私は何とか立ち上がった。
「みんなのところに行かなきゃ。」
「その意気だ。それでこそ、俺の未来のお嫁さんだ」
「うん。行こう、たっくん」
「ああ、行くぞ!」
私たちは、その燃え盛る炎の砦に向かって走り出した。
私は、ここを思い出の土地にしたいと思っているけど、ここを墓場にしたくない。
みんなもそう思っているだろう。
もう一度、この町でみんなで集まって、それぞれの夢を語り合って、大人になるんだ!
ゲートをくぐった。
絶対みんなのところに行くんだ!




