7話:接触
「·····どう? おいしい?」
俺の顔を覗き込むように、彼女は聞いてきた。
「·····ああ、うまい。食べたことが無い味だが、素直に口に入ってくる。うまい」
「ふふ·····2回も言うくらいおいしいんだね。·····よかった、喜んでくれて」
そう言う彼女の背後には、”持ち主”に同調するように揺れる、あの”尻尾”もある。
「··········」
「·····どうしたの?」
ベルに連れられた俺は、メインストリートから伸びる小道を、人がすれ違える程の道幅しかない細い路地へと進んだ。その間徐々に強まっていった、空腹感をひたすらに煽る匂い。その匂いの正体こそが、今いるこの軽食屋というわけだ。
「いや·····すまないな。ご馳走になって」
「いいっていいって、わたしがしたくてやってる事なんだから」
「·····この恩はいつか必ず。出世払いと言うやつで返させてもらう」
「もう·····気にしなくていいのに」
彼女の行きつけだというその店は、中央で切り離したパンの間に焼いた肉とチーズ、葉物野菜、そして数種類のソースを共に挟みこんだ魔界の大衆食、”ハンバーガー”の専門店。
大衆食とあるだけあり、店には老若男女様々な人影があった。
「目の前でパンが売り切れたのは·····まあ残念だったけど」
「持ち合わせが無かった俺が悪いんだ。職さえ見つかれば、また機会はあるだろう」
「·····」
目の前の塊にがぶりとかぶりつき、濃厚な旨味が溢れ出すそれを咀嚼する。味もさることながら、空腹に飢えたものを虜にする見た目のインパクトがこの店何よりの武器だろう。
·····と。
そんな俺をしばし微笑ましく見ていた彼女だったが、ふと金属のコップに注がれた水で静かに喉を湿らせると、飲み込んだ水の代わりに、言葉を湧かせた。
「その事で、少し話があるんだけど」
手に持ったそれをことんと卓を鳴らして置くと、人差し指を真っ直ぐに立てて俺を見る。
「ひとつ、提案。·····もしこのあと行くところがないなら、軍の客人を泊める宿舎を使わない? 私のお客様ってことで、話を通しておくから。·····お金が無いんならホテルにも行けないだろうし、食事だって―――どうかな!」
先程までの”有無を言わせぬ”とは少し違い、その時の彼女の言葉にはどことない強引さを感じた。
「··········」
真っ直ぐに向けられた彼女の瞳を見て、俺は今朝目覚めてから気掛かりだった、あることについての核心に辿り着いた。
「·····君は、俺を監視する任務についているんだな?」
「えっ!?」
「もしくは何かをしでかす前に、それを未然に防ぐ手立てを立ててあるか」
「う·····」
それは、分かりやすい反応だった。
そうですと言わんばかりに肩を震わせた彼女は、何かを言いたげに口をパクパクさせながら言葉を選びにかかる。
しかしその口から言葉が発せられる前に、俺は紡いだ言葉で道を塞ぐ。
「俺が自由の身になったのは、君の指示があったからだろう? でなければ、ああまで疑われていた俺がいとも容易く解放させるはずがない。·····までは想像できないがな」
「··········」
「·····それに、あのパン屋の前で声をかける以前から君は俺をつけていただろう? そうだな·····獄舎を出てしばらく歩いたところにある、裸の少年を象った噴水がある辺りから、君の気配を感じた」
「··········」
反論や異論、はたまた言い逃れのできない言葉を並べ続け、彼女から文字通り言葉を奪う。
「罪人を管理するのなら、街よりも牢の方が簡単で安全だろう? なぜそうまでして俺を牢から出した? わざわざ後をつけてまで監視するなら、出さなければよかっただろう?」
「··········」
黙りこくる彼女は目線を完全に足元へと落とし、その後ろではしゅんと頭を垂れた尻尾が椅子からはみ出していた。
「君が何を企んでいるかは知らないが、俺は悪事を働くつもりは毛頭ない。それに準ずることもだ。·····純粋な労働ならばするつもりだがな」
「··········はぁ」
俺が言い切った途端、彼女の口から盛大なため息が漏れる。
「·····別に、なにか悪さをするんじゃないか、って·····そう理由で後をつけていたわけじゃないの。·····ごめんね」
「なら、なぜだ?」
「··········」
再びの沈黙ののち、彼女は言う。
「話すキッカケ·····が欲しくて」
「··········」
「だっ·····だから! キッカケが欲しくて!」
「なぜ、俺に話しかける必要が?」
「そっ·····それは··········」
またも、もじもじと言葉を詰まらせる彼女を、俺はまじまじと見つめる。敢えて、ぺたっと湿りきった目線で。
「··········あなたが記憶を失っているなら、名前も、家の場所とか·····探さないといけないでしょ? ·····放ってなんて·····おけない」
「··········」
俺はこの時、自分を責めていた。
自分という存在は、あまりにも人を疑いすぎるのだ。
「··········」
思い返してみれば、俺の人生のおいて、全ては”疑”から始まっていた。何をするにも疑い、時には仲間すら疑い。疑って疑って疑って、100%安全で確実だと踏んだ道だけを歩んできた気がする。
思えばあの時も―――――
「·····ッ!!」
「どっ·····どうしたの?」
椅子を鳴らして立ち上がった俺を、狂人を見るような目で見上げたベルが呟く。
「·····今·····何かを思い出しかけて···············」
瞳の奥に光と影のコントラストだけで浮かび上がった景色は、恐らく俺が勇者であった時のものだろう。
·····だがそれは、見ようとすればするほど、思い出そうとするほどに薄くなっていき。
再び俺が、彼女の姿を目で見た時。その情景は彼方へと溶けてしまっていた。
「思い出したって·····本当?」
「いや·····すまない。一度浮かんで、消えてしまった。·····あの景色は一体―――」
「それでも進歩だよっ! 2日目で少しでも思い出せたんだから。·····それと·····大丈夫·····? 立ち上がった時、膝打ったでしょ」
「·····少し、痛む」
「もう·····」
彼女、ベル・ファルガバートと言う人物は、俺が思っているような、他人を利用し私利私益の限りを尽くそうなどという存在では無さそうだ。
·····でなければ、他人にこんな顔は見せないだろう。
「·····疑って、済まなかった。·····という前に、もうひとつ、聞かせてくれ」
「へっ?」
「俺をつけていた理由は分かった。·····だが、俺を牢から出した理由について、少し聞きたい」
「あ·····多分、そっちの方が理由としては不明瞭だと思うけど·····」
「構わない。教えてくれ」
ベルはほんのりと頬を染めると、窓の外の路地を横目に。
「あなたが、罪を犯すような人に見えなかったから。嘘をついたり、人を傷つけたり―――そういうことが、嫌いな人なんじゃないかって·····思ったから。·····それだけ」
「··········」
「理由としては不十分·····かな·····?」
そう言いつつ頬を綻ばせるベルに、俺は。
「十分さ。·····嘘がつけない性分なのは、”尻尾”も同じみたいだからな」
「んなっ!?」
心情を写す鏡と化した尻尾を器用に抱きすくめると、ベルはまた、あの悪戯な笑みを浮かべる。
「さ、ずっとここで話しているわけにもいかないし、さっき話した宿泊所まで行こ? 私のお客さんってことで、泊まれるようにしてあるから」
「手回しが早いな·····」
「そこは、準備がいいって言ってよ」
こうして俺は、2日目の夜も屋根の下で過ごせることとなったのだ。
·····体を休められたのは、ほんの少しの時間ではあったのだが。
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報告書 i666
昨日発生した崖崩れの現場で保護した対象に、異質な魔力反応を確認した。
既に、複数の魔法を使用している模様。
早急に、準備に取り掛かるべし。
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to be continued·····
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筆者は菓子パンが好きです。