5話:囚われの身
どれくらい、歩いただろうか。
鎖に繋がれた俺は、草原を抜けると街の外周伝いに歩き続け、やがて現れた無機質な壁で囲まれた建物へと連行されたのだった。
(ここは·····)
造りや人員の配置、無機質さも相まって、この場所がなにか、何の目的で造られた建造物なのか。安易に想像することが出来た。
彩りに欠けた内部を進むと、そこは―――――
(·····同じ暗闇でも、あの洞窟とは大違いだな)
光へ通じていたあの洞窟とは違い、到底光があるとは思えないような雰囲気。
それを作り出しているのは、この闇に潜む、”彼ら”の存在そのものだろう。
「·····そんな顔しなくても、いきなりあそこに詰め込んだりしないってば」
俺の後ろを固めるベル・ファルガバートが、ぽつりと呟く。
「誰かを傷付けたとか、物を盗んだわけじゃないんだから。もし入れられるとしても、ここじゃないから安心して」
「··········」
どおりで、厳つい見た目をした者が多いと思ってはいたが·····。
·····どうやらここは牢獄、刑務所の類らしい。
「··········」
「··········」
「··········」
「··········」
「··········」
「··········」
囚人たちの視線を一身に受けながら、さらに奥へと通路を進んで行く。
「なぜ·····俺は睨まれているんだ?」
「ああ·····みんな、ああいう目付きなだけだから·····睨んでるわけじゃ·····」
「·····ならいいのだが」
ため息混じりに歩みを進める俺に、ベルが言う。
「随分歩くな。·····あの男、迷っていないか?」
「この建物はね、昔の戦争で使っていた砦を改修したものなんだって。だからその名残で、こんなに入り組んだ造りをしてるみたい」
「·····なるほど」
そうこうする間に、方向音痴とあらぬ疑いをかけられた看守が立ち止まる。
「·····ここだ。入れ」
そして―――――
「これより、取調べを始める。·····座れ」
囚人たちよりも一際目立つ大男の声から、俺の尋問が始まったのだった。
**********
あの洞窟で目覚めてから数時間。俺を取り巻く景色、空間は大きく変わった。
しかし·····
「それ·····本当なの?·····自分の名前が思い出せないなんて·····」
ただ一つ、あの時と変わらないものがある。
未だに戻らない、俺が勇者であった時の記憶。俺はまだ、自分の名前すら思い出せずにいたのだ。
「年齢も職業も不明·····名前が分からないから戸籍を検索することも出来ないし·····」
「消息不明者の一覧に、該当する容姿特徴を持つ者は?」
「·····ううん、それにも該当者はいなかった。·····それに··········」
何かを言いかけ口を噤んだ彼女に代わって、そばに居る屈強な男が口を開く。
「もしもお前が、記憶喪失の類であるのならば話は早い。すぐさま医者に取り次ぎ、治癒を待つのみだ。·····だが、これまでの発言の内、そのひとつにでも偽りがあれば―――――分かるな?」
「·····なら、どうする?」
この施設に宿る闇。その根源たる伊吹を捜査官から感じた俺は、敢えて彼に反抗的な言葉を返す。
「お前·····自分の罪を自覚しているのか·····?」
「·····そんなだから、私たちが呼ばれることになったんじゃないの?」
「ッ!! 黙れ! 公職に就く者たるや、如何なる時も毅然とした態度であるべきであり――――」
「それは、毅然じゃなくて傲慢。あなたの価値観を、他の人に押し付けるのはやめて。·····特に、公の場では」
あくまで”毅然”と言い放つ彼女に、火のつきかけた彼の言葉は行き場を無くし、鎮火を余儀なくされる。
「·····はぁ。それで、あなたの罪状についてなんだけど。さっき言った内容で間違いない?」
「ああ。·····間違いも何も、この国の法を俺は知らない。それが過ちだと言うなら、認める。·····申し訳ない」
「·····そう。素直だね」
取り調べを行う彼女が、一番初めにした問い。それが、罪人である俺の”名”を問うものだった。
だがそれは、答えろと言われても答えることの出来ない。·····言わば、答えのない問い。
「簡単に説明するね。·····この国の法律は、個人所有の土地に無断で侵入した場合は半年、国が所有する土地なら1年間、牢に収容されることになるの。·····だからあなたの場合·····2年。けど、更生の余地があると認められたら、刑期が短くなることもある·····かも?」
「かも·····?」
「そ。 か・も」
罪状はこうだ。軍管轄地と、未開拓地区への無断侵入。
軍管轄地とは、俺が崖から落ちた先―――あの草原一帯が、軍の管理する土地であったらしい。そしてあの崖の上から向こうの土地が、未開拓地区と呼ばれる場所であったらしい。
(後者に至っては·····目が覚めた段階で足を踏み入れていたわけだ。·····前者にしても、自然災害の一端ではあるが―――)
とは言え、この際抵抗してまで無駄な罪を重ねたくはない。
記憶までをも失った今、俺に失うものなど無いが·····
「·····以上2件の不法侵入材により、お前を収容する。来い!」
「ちょっ·····! 待ってってば!」
どうしても俺を重罪人にしたいらしい捜査官が、俺の襟首を雑に掴み椅子から剥がそうとする。·····が、それをベルが鶴の一声で制止する。
「·····なんだ? いくら軍と言え、公務を邪魔するならば―――――」
「なんでそう·····あなたはせっかちなの? 毅然とって、どの口が言ってるの?」
今後、俺が囚人生活を送る最中にベルと会話することがあったとしても、決して歯向かわないでおこう。
·····そう固く誓った俺の眼前で、彼女はテキパキと言葉を並べていく。
「この人は、雑居房には収容しない方がいいと思う。まだ正式な処罰が決まってないし、沢山いる中で名前が無いって言うのは、何かと不便だと思うから」
「むっ·····」
「確か独房が空いてたよね? そっちの方へ、お願い」
「··········来い」
驚く程素直になった捜査官に先導され。
「·····ここだ。入れ」
「想像よりも広いな」
「早くしろ。無駄口は叩くな」
口振りほど乱雑でもない看守に鎖を引かれ、その場所へとたどり着く。
薄暗い空間に施錠の音が響き、冷たい石畳へと腰を下ろした俺に。·····ベルは、こう言い残して消えていった。
「·····またね。名無しのゴンベエさん」
「··········」
彼女たちが過ぎ去っていく足音だけが、暗闇に残響だけを残した。
to be continued·····
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