4話:感覚
·····時の流れが、随分と緩やかに感じた。
突如として訪れた喧騒――――崖崩れに巻き込まれた俺は、重力に引かれて中を舞い―――否、断崖絶壁の頂から落下していた。
その最中、俺と共に放り出された岩や土塊が、瞳に鮮明に映し出される。
(魔導強化を施したところで、この高さからの衝撃は受けきれないか―――――)
迫り来る地表に、微かによぎる焦燥。
だが、その極限の状況下で身をもって感じる大自然の息吹が、俺の頭にひとつの言霊を宿らせた。
「·····伸空波!」
俺が呟くほぼ同時に、手のひらが暖かな感触を纏う。
その感触を握り締めると、力の矛先を大地へと向ける。そして――――
「·····!」
空気を圧縮、解放し打ち出す魔術である、伸空波。本来の用途とは少し離れているが、この魔術はこんな ”芸当” にも使える。
手のひらから打ち出された大気は、真っ直ぐに大地へと突き進み。そして、大地にぶつかり跳ね返った。
俺と言う存在を、重力という枷から解き放つ上向きの力。それは理論上、”飛行”すら可能とする魔術の応用である。
「·····うおおっ!?」
·····だがそれは、1寸の狂いも無く魔術を撃ち放った場合の話し。俺はまた、マナの調節を誤ってしまっていた。
(吹き返しが強すぎるぞ·····!)
吹き上げる力によって落下の勢いを相殺し続け、安全な着地をすべく放った1射目。その威力は、明らかに俺が想起していたものではなかった。
崖の高さを優に超え空高くまで舞い上げられた俺は、きりもみ状態から復帰すると直ぐに、2度目の魔術を放つべく再び手のひらへマナを纏わせる。
「·····伸空波ッ!」
出力されるマナを加減し、今度こそ体重を支えるに相応しい強さに打ち出された大気は、今度こそ思惑通りの強さの上昇気流を生んだ。
*
「·····まずいな」
だが、それは同時に次なる問題を提起し、俺に休み暇を与えてはくれなかった。
(着地点はどうする·····!?)
自身の勢いだけを殺したため、共に落下し始めた土砂が先に地面に堆積してしまっていたのだ。
土や砂だけならともかく、巨大な岩や裂けて尖っている木の幹が混ざり、平面など存在しない。
(崩れてくれるなよ·····っ!)
祈るような気持ちで、俺は最後の魔術を放つ。
少しずつ位置を微調整し、なるべく平坦な場所へと自らを誘導する。
そしてついに、つま先が大地に触れ―――――
「··········」
若干ぐらいついたものの、着地に成功する。
生身であの落ちていれば命がいくつあっても足らないが、これはやはり、魔術の恩恵と言うべきだろう。
「·····ふぅ」
落ち着きを取り戻した世界。見えるのは、だだっ広い草原と、その先に小さく見える建物。·····そして、背後には崩れた岩肌。
「天国と地獄だな·····これは·····」
全面に広がる静寂と、背後に広がる混沌。付着したドロを払いつつ息をつく。すると―――
「·····ん? あれは―――」
建物がある方角から近寄ってくる、複数の人影が目に入る。
彼らが近付いてくる程に鮮明になる服装は、どこかで見たことのあるような、いかにも”軍人”らしい、締まりのあるものだった。
(有効範囲内に入った瞬間攻撃··········は·····流石にしてこないか·····?)
見えるのは3名。今の俺の容姿より、一回りほど歳を重ねているだろう男と、その男よりは少し若い、背の高い男。そして―――――
(··········)
その2人に挟まれ、中央を歩く”少女”。
「·····君、どこから来たんだい?」
「··········」
”男”の第一声は、それだった。
「·····あの上から、落ちてきた」
「上って··········この上·····?」
「ああ。·····この上からだ」
いつでも戦闘に移れるよう、身構えながら。彼の質問に答える。
「落ちてきたって·····怪我は? 骨とか折れてないんスか?」
「·····折れてはいないし、怪我もない」
「マジっスか?」
「·····本当だ」
”男”に比べて軽い口調で話す”若い男”の質疑に答えると、続いて2人の背後に立っていた”少女”が一歩前へとやってくる。
「もしかして、崖が崩れた時·····この上にいたの?」
「·····そうだ。そして、この災害に巻き込まれたわけだ」
「なるほど·····。·····あ」
「ッ!」
目の前に気を取られた結果、意志を持たない攻撃に脳天を抉られる。
俺が着地してからもしばらく降り注いでいた細かな砂埃に混じり、小石が落ちてきたのだ。
「だっ·····大丈夫!?」
「·····これは·····効いたぞ··········」
あらぬ衝撃に備え全身に施していた魔術”エンハイス”が、思わぬ所で機能した。かけていなければ、本当に死んでいたかもしれない。
「随分頑丈な方っスね·····」
「一度治療を受けた方が良い。ベル、取調べは後でにしてやってくれ」
「·····いや、それには及ばない」
一瞬よろめきはしたが、この程度の痛みなら行動に支障はない。確かに痛いが·····もっと辛く、もっと深い傷を受けたことがあるから。
「·····何か、言いたいことがあったんじゃないのか?」
「·····」
すると、”ベル”と呼ばれた少女が耳をぴくんと反応させ、手を伸ばす。
「·····それじゃ、改めて。私は魔界軍第5大隊所属、ベル・サーフィス・ファルガバート。よろしくね」
「·····よろしく頼む」
差し出された小さな手を握り返すと、彼女は柔らかい笑みを浮かべ―――――
「それじゃ、向こうを向いて。背中側で、手を合わせて?」
「·····?」
有無を言わせぬ·····と言うような圧は上がったのだが、不思議なことに、この言葉には従わなければならない。彼女のそれは、そう思わせるような口ぶりだった。
「はい、おわり」
そして、”カシャリ”という音が背中側で鳴り、再び振り向いた俺の顔を、彼女―――ベルは先と同じ柔らかい笑みで迎える。
「··········」
·····俺の手首には、金属の輪が嵌められていた。
「·····まるで罪人だな」
「··········」
「··········」
「··········」
俺が口にした言葉を最後に、皆の口が閉ざされる。その沈黙に耐えかね、俺は再び言う。
「·····なんの真似だ?」
「··········」
「··········」
「·····なんの真似だと聞いている」
「·····あの、ちょっと待ってね? ·····あなた、自分が罪人だってこと·····理解してる?」
「···············なに?」
3人の目を、代わる代わるに見る。それらはどれも―――
「あんた·····もしかして·····!」
”若い男”の目の色が、少し変わる。
·····その色に俺は、”敵意”を感じた。
(やはり·····魔界は魔界か·····!)
手錠を魔術によって破壊し、エンハイスによる強化でこの場を離脱、叶わない場合は―――――
「待って、オーランド」
「·····」
恐らく、次に目の前に繰り広げられるであろう光景を予期してか、”ベル”が俺と”オーランド”の間に割ってはいる。
「オーランド、この人は魔族だよ」
「なっ·····」
「·····人間のマナって感じじゃないから、大丈夫」
·····やはり、この少女の言葉には、そうさせる力がある。
大人しく引き下がるオーランドに変わり、”男”が俺へと歩み寄り、鎖と俺とを繋ぐ。
「手荒なことはしたくないから·····大人しく、ついてきてね」
「·····こちらも、歯向かうつもりはない」
「よろしい。·····じゃ、行こうか?」
·····その言葉を最後に、俺と、3人との会話は途絶えた。
ベルは先頭に立ち、ただ、だだっ広い草原を進んでいく。
「··········」
徐々に近付く建物、そして街。
たどり着く場所は、あの街のどこなのだろうか。
俺の罪状とは、その罪による罰とは、如何程のものなのだろうか。
そして―――――
(あれは·····本物の··········)
俺を連行する、彼女の腰の下辺りで揺れるもの。毛玉―――否、尻尾。
そして、さほど長くはないサラサラの髪の隙間から飛び出た、同じくふわふわの柔毛に包まれた丸みを帯びた三角形―――否、獣耳。
(彼女は一体·····何者なんだ·····?)
そんな疑問を胸中、抱いていたのだった。
to be continued·····
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