3話:手荒い歓迎
自然と文明、そして”水”とが融合した魔界最大の都市、アマルフィと名付けられたこの街は、俺が勇者であった時、最後に訪れた街でもあった。言わずもがな、魔王が居城を構える地でもあったからだ。
「しかし·····改めて見てみると、敵ながら見事な都市を造り上げたものだな」
太陽の位置から見て、時刻は正午ごろだろう。
陽が高いこの時間は街中の水たちが光を反射させ、街全体が輝きを放ち、一層美しく見える。
この場所は湧き水が豊富な事でも知られ、その水を街全体へ循環させるための水路が張り巡らされている。
”水”には魔力が溶け込みやすく、蒸発と共に常に活発な魔力が大気中へと放出され続けることで、魔族にとってこれ以上ない環境になるわけだ。
「··········」
街の美しさに目を奪われかけていたが、またも俺の思考は沼へとはまり始める。
(俺が魔王と剣を交えていたのは城だ·····あの洞窟に移動していた理由も分からないが、何より――――)
あの洞窟で目覚める以前に最後に見た光景、それはこの街の中央にそびえ立つ魔王城、その王間で魔王と剣を交えた時のものだった。
しかし、にもかかわらず今俺が見ている景色には、重要なものが抜け落ちていた。
「城が·····無い·····」
街の中央。本来そこには、白い外壁と鮮やかなレンガで造られた、禍々しくも美しい城が在るはずなのだが、今のアマルフィには”城”と呼べる建物はひとつも無く――――その代わりに、かつて城が鎮座していた場所には、どういうわけか巨大な大樹がそびえ立っているのだ。
(見間違うはずもない。ここがアマルフィのはずだ。一体·····どういうことだ·····?)
宝石のように輝く街を眺めながら、俺はしばらく立ち尽くしていた。
「·····うん?」
―――考えごとに疲れ、ふと地面に視線を落とす。そこには緩やかな風に揺られ波を立てる、小さな水溜まり。
「·····」
そこに映る真っ青な空、そして、空を背に水面を覗き込むとある人影。それは――――
「俺·····なのか·····?」
年齢はそう·····20歳前後だろうか。漆黒の髪と赤い瞳を持つ彼の容姿は、少なくとも俺が勇者だったと分かるような特徴は持っていなかった。どこか一片でも突飛な箇所があれば苦悩しただろうが、そこは時の運に感謝しておくとしよう。
自分の顔すら思い出せない俺にとって、水面越しにこちらを見つめるその青年こそが、俺の全てだった。
「··········」
鏡に映る青年としばらく見つめ合ってから、俺はまたアマルフィの街へと目を向ける。何度見ても欠けた城が現れることは無かったが、それを補ってなお余りある情景に、目を奪われる。
(綺麗な街だ。·····本当に)
俺が”勇者”であったときに目にしたこの街の印象は、どこか暗く、寂しい雰囲気だった気がする。確かに水の煌めきや反射の眩しさは存在していたが、何か目に見えない闇が漂っていたような気がする。*
雨上がりの匂いを運ぶ、柔らかな風。
瞼を閉じても光り輝く、陽と街の灯り。
·····それらを感じ、俺はこれが夢ではないと確信した。
正直なところ、暗闇で目覚めた時から俺は、この世界を疑っていた。
俺の理想と妄想が作り上げた、完全な平穏。
そう思わざるを得ない、思わせるほどの美麗が、この世界にはあった。
だが――――
「生きている·····俺は今·····生きているんだ·····」
目に入るもの全て、その一つ一つが美しく、生きている。
それは、もう夢などではなく。圧倒的で、完全な現実だった。
「··········」
それは、唐突にやってきた。
「·····?」
·····生きている、と言った。
それは、草木や動物、俺だけではなく。
「ああ·····確かに生きているな―――――」
風の音が高周波―――高音とするならば、それは低周波―――鈍い音だ。
「この大地もっ·····!」
始めは微動であったその”揺れ”は、次の瞬間、秘めた力を解き放った。
「うおおっ!?」
それは俺から平衡感覚を奪い、一瞬にして平穏を喧騒へと作り替えた。
街を見下ろす、抜群の眺望を誇るこの場所。今思えば、そこは余りにも危険な場所にあったのだ。
·····そう、アマルフィ街を見下ろす、断崖絶壁の上に。
「ぐうぅぅッ!」
展望台としては抜群の地の利を誇る崖の上も、大地の揺れには強くない。それも、水溜まりができるほどの雨が降ったあとだ。地盤も緩んでいる。
(一難去ってまた一難とは·····この事だなっ·····!)
情け容赦も無い自然現象。歩行はともかく、立っていることすら困難な状況の中、ついに鼓膜を破らんばかりの轟音と共に、大地が悲鳴をあげる。
「本当に、容赦がないな·····」
つい先程まで覗き込んでいた水溜まりが亀裂―――もはや大穴となったソレに呑み込まれる。それだけでは無い。辺りでは植物の根や葉が千切れる、ブチブチと言う音が辺りに鳴り響き――――
「―――――ッ!」
その音すら、大地の砕ける破砕音に掻き消され。
大地は、俺と言う存在をも、理の中に呑み込んでいく。
浮遊感。そして虚無感。
そんな名前の付けられた奇妙な感覚の中。
俺は無数の大地の欠片と共に、宙を舞った
to be continued·····
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