2話:失われた記憶
同じ景色の続く終わりの見えない一本道を、俺はひたすら歩き続けていた。
(思い出せない…仲間の顔も…声も…自分の名前ですら…)
記憶の始まりは、刺し違えた魔王と俺を捉えた一瞬から始まる。続く記憶は、この洞窟で目覚めた時のものからだ。
(……)
奇妙なのは、灯火を始めとした魔術の起動式、そして物の名称など、一部の記憶…生きるのに最低限必要な知識だけは覚えている事だ。
ご都合主義的と言うか、どこか不自然な記憶の無くし方をしている。
倒れる時に相当当たり所が悪かったのか、それとも神隠しのような何かか。はたまた敗北した俺に魔王が何かしらの手を加えたのか。
(………)
あらゆる可能性を掘り下げ続けた結果、俺は考えることに心底疲れ果ててしまった。
「……ん」
ふと、足元から視線をずらしたときだった。
灯火の光とは別に、どこからか射し込む光が小石の影を成している事に気が付いた。
その光ので所を探ると、長い洞窟の一本道の先―――緩やかにカーブしたその道の先から届いていた。
(さて…先は天国か地獄か。……行けばわかる事か)
記憶を無くし、名前すら無くし。これ以上俺が失うものなど何も無い。そんな、半ば開き直るような感情だけが、俺の足を突き動かしていた。
「…!」
コツンコツンと響く自分の靴音に急かされるように進んだ先。
「あれは……階段…か…?」
これまでの様子とは対象的な純白の石で造られた小さな螺旋階段。
ぽっかりと空いた天井の先へと続く、天界への架け橋とも比喩できるものだった。
(行き先が地獄とは、とても思えないな)
明らかに人の手が加わって出来たものだが、それはまるで、光が俺に手を差し伸べているかの様に感じる神秘的な空間だった。
「……」
*
コツ、コツ、と靴を鳴らし昇っていく。上がっていくつれて明るくなり、石段の隙間からは徐々に苔や草木が目立っていく。そして――――
「·····ッ」
ある1段を上がった時、強くも優しい、なんとも言えぬ暖かな光が俺の瞳を照らした。
「―――――――」
思わず、俺は瞼を閉じた。
紛れもない。それは、陽の光·····陽の光だった。
「·····なるほど」
俺は呟くと残る数段を昇りきり、頭上に広がる世界を見上げた。
「··········」
底知れない蒼。どこまでも続く翠。
「··········」
息を吸えば、陽の温もりを孕んだ空気が肺に流れ込んで来る。
「··········」
間違いない。ここは、天国でも地獄でもない。·····俺は今、生きているのだと。世界が、そう教えてくれていた。
(だとすると·····俺はなぜ記憶を無くしているんだ? 後遺症かなにかか·····?)
魔王との戦闘は熾烈を極めていた。傷は治っていたとしても、目には見えないところで影響が出ていてもおかしくは無い。
「·····はぁ。折角の景色を台無しにしてくれたな」
·····と。また深い思考の沼にはまりかけたところで、俺は再び目の前の世界に意識を向けた。
空と太陽と。戦いに明け暮れていたのが馬鹿馬鹿しくなるほど、この世界は輝きに溢れているのだ。
「··········」
吹き抜けていく風。その風に誘われるように、俺は蒼く輝く空の下へと視線を移していく。そして、ちょうど180度、始めに背を向けていた方向を向いた俺の瞳に、それは映った。
「なっ·····!?」
どうやら俺が出てきたのは、小高い丘の上だったらしい。雨上がりのようで辺りの草木は雫を抱え、それも相まって世界の光を増幅させていた。
そんな中、蒼い空の下に広がる平野に、銀色の世界が佇んでいたのだ。
「この街並みは··········いや·····まさか·····!」
俺が驚愕したのは、その街の存在に、では無い。
·····この街に、見覚えがあったから。
都市の中央にそびえ立つ大樹と、美しく並べられたレンガ造りの建造物。そして何より印象的なのが、街全体にあしらわれた”水”をコンセプトに作られたオブジェクトの数々だ。
数ある世界の都市の中で、ここまで”水”と共生している場所はこの地しか無いだろう。
「アマル·····フィ··········だと·····!?」
アマルフィ。
この名前こそ、魔界の経済、政治、そして軍事の中心―――――魔界の首都を冠する、この街の名前だった。