プロローグ
その日、老婆はいつもと変わらない日課を行っていた。
ここで言う日課とは、老婆がまだ若かりし頃、世界を駆け巡るキャラバンとして生きていた時に人知れず趣味で集めていた大量のガラクタ品......もとい彼女にとっては宝物を一つ一つ鑑定する作業のことを指す。
かつては暁の英雄とも呼ばれた彼女ではあったが、腕は確かなのに、そんな鑑定し終わったガラクタ品の店を開いたせいか、彼女が隠居先に選んだ街ではすっかり頼れる変人として名を知られていた。
「ふうん」
そんなガラクタ屋さんこと、彼女の名を冠した店名でもあるラマス武器屋のカウンターにて、ラマスは独り唸りながらクルクルと品物を回し、上から下、右から左、果ては隅から隅まで、舐める目線を送っていた。
皺によって細くなった目にモノクル越しに見つめる先にあるのは、何の変哲もないティーポット。
しかし、老婆は【鑑定】をすることによって、それに秘められた名前や使い方、その詳細がはっきりと目に見えていた。
例えば、彼女が今手にしているティーポットを例にあげてみると。
魔法のティーポット。
攻撃:0 防御:0
スキル:紅茶錬成
・水さえ入れれば紅茶がでてくる
・味は保証しない
と、言ったふうにだ。
大抵どんなガラクタだろうと、武器だろうと最低1つはスキルというものが付いている。
天性の特殊効果というやつで、名のある武器はどれもスキルが優秀なものが多い。
時たま、このスキルは人間にも目覚めることもあり、ラマスが目覚めたのが【鑑定】のスキルというわけである。
そしてラマスはそのスキルを己の目で見ることがたまらなく、好きであったし、【鑑定】スキルに目覚めたのはこうして日の目を浴びない道具達に真っ直ぐ向き合えという神からの啓示だと信じて疑わなかった。
癖のあるスキル、世間的にはガラクタと呼ばれるモノでも、どこかに相応しい使い手はいる、それを繋ぐのが自分の使命だと信じて。
「さて、お水だね」
一度腰を上げ、ラマスは水を用意すると魔法のティーポットに注いでいく。
水を入れて蓋をすると、ものの数分で注ぎ口の部分から完成を知らせる湯気が立ちのぼった。
「ほー」
歓心しながら、ラマスは早速ティーカップにへとポットを傾ける。
透明な水しか入れていないのに、出てきたのはしっかり紅くオレンジに染まった液体だった。
もう一度歓心の声が、誰もいない店内に響いた後。
「どれどれ」
ちょいと一口。
「........................うっす」
たっぷりの沈黙から訝しんだ表情をつくり、ラマスはカップを置いた。
とにかく薄い、辛うじて紅茶の味はするがその味もまた美味しいとは言えない。
「飲めなくはないね、飲めなくは」
味は保証しないの意味がわかり、ラマスは紙につらつらと値段を書き、ティーポットに貼ると、中の紅茶を全部出して綺麗に拭いてから店に商品として飾った。
「さて、次だ」
次はどの宝物を鑑定てやろうかと、カウンターの後ろに佇む扉を開け、裏の倉庫へ。
彼女の誇りと埃が積み重なった決して広くはない小さな倉庫の中には、まだまだ用途不明のブツが彼女の手に触れられるのを待っている。
剣、槍、弓、短剣、盾、他にも装飾品や不思議な模様が走った壺まで。
ぐるりと一度ラマスは見渡してから、1歩を踏み出した時だった。
「ん?」
チャリという音ともに、断続的にキンキンキンと続いてからゴロゴロと何かが転がっている音がラマスの鼓膜を揺らした。
そしてその音はドンドンと近づいていき、ひとつの指輪がラマスの足元手前で勢いをなくして動きを止めた。
そっとラマスはそれを拾い上げる。
小さな青い宝石のようなものがあしらわれた、綺麗な指輪。
アクセサリーとしても悪くないが、ここにあるということは何かしらのスキルがあるということだ。
「なんだい私にみられたいのかい? 物好きなやつだねえ」
指輪に語りかけるが、返事はもちろんかえってこない。
ラマスは「まあいいさ」と頷くと、踵を返してまたカウンターへと戻り、腰を下ろす、
「さて、こいつはどうなんだ」
またモノクル越しに舐める目線でじっと指輪を見る。
段々とその正体が浮かびあがってきた。
精霊の指輪
攻撃力:0 防御力:10
「おや」
出てきた数値に喜ばしいとは言えない反応をこぼす。
指輪には悪いがこのステータスはかなり低い、人の身につける装飾品の類ならどんなものであろうとどちらかに30はあるものだが、0と10とはこれはいささか。
いや、まだ断定するの早い。スキルがまだ見えていないからだ。
そして、そのラマスの予想は当たっていた。
スキル:表裏分体
・装着すると人間体の姿を現す。
・装着しないと現さない
「お、おお?」
これまた見たことないもので、興奮が顔に出る。
つまりなんだ、この指輪を指に通すともうひとつの姿を現すってことかい?
もしかすると店の手伝いにはいいかもしれないと、邪な考えを走らせていると。
「ん?」
もうひとつ、指輪のスキルが淡く見え始めてきた。
「2つ持ちかい。珍しいね」
スキルは基本的には1つが多いが、2つあるものも稀にある。
どうやらこの指輪、ステータスは貧弱だがスキルには恵まれていたようだ。
さて、もうひとつのスキルとは一体なんなのか。
程なくして、その詳細は浮かびあがってきた。
人間体スキル:意思あるものの復活
・武器のみに有効
・装備した武器の能力を飛躍向上
・装備品が意思ありであれば、意思ありとの絆が強いほど能力向上
「意思ありか......」
懐かしい言葉に思わずラマスは言葉を零した。
セミリア。
それは、今はかつての存在となった人と武器の姿を持つとされた魔力とスキルを持つ武器達。
今もどこかにいるのかもしれないが......。
「こいつの、使い手は中々見つからなさそうだねぇ」
深い皺を寄せてラマスは微笑んだ。
せめて自分が、こいつの......。
そんな思いとともにラマスは人差し指に指輪を通した、その瞬間―