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ゆらゆらと不規則に左右に、上下に絶え間なく感じられる揺れは、まるで目眩がずっとしているような感じ。あまり気持ちのいいものではない。アイゼンから船に乗った私達は、既に視界いっぱいに広がる海という絶景にも飽きて、客室でのんびりと過ごしていた。
大型客船と言っても、地球で言う豪華客船のようにあらゆる施設が内蔵されていたりはしない。雑魚寝同然の大部屋の他、私が今居るような広い個室やもう少し狭い個室など、乗り込む客の予算に応じて何段階かに分けられて様々な部屋が用意されている。
同行者は5人。メイドさん3名に護衛が2人という内訳だ。しばらく旅を一緒にすることになるこの5人とは既に数日を一緒に過ごしたのでだいぶ打ち解けた。とはいえセルガのように彼らが自発的に何か意見を言うようなことはこれまでのところ未だ無い。単に別に何かしらの意見が必要な場面が無かったからだと思う。
「お嬢様、紅茶の用意ができました」
甲斐甲斐しく世話を焼いてくれるメイドたちも護衛たちも、一緒に寛いでくれたほうが私としては気が楽なのだが、そういうわけにもいかないようだ。
「ありがとう、スイ」
返事をして、手元の霊石を巾着袋に戻してテーブルの上を開けると、そこにすぐさま紅茶が運ばれてくる。私に声をかけたのが、メイドのスイ。黒髪のボブは綺麗なストレートヘアで、切りそろえられた毛先までぴしっとした印象を与えるお姉さんだ。
紅茶を運んできたのはメル。同年代のお付きがいたほうがいいと判断されたのか、13歳という若さで今回の旅の同伴に選ばれてしまった不運な少女だ。本人がどう思っているかは知らないけれど。
もう一人、ジェーンというメイドさんがいて、彼女が3人のメイドの中で最年長である。といってもまだ若いのだけれど、それでも屋敷ではメイド長という役職を持つまとめ役。主に訪問先での立ち居振る舞いのアドバイザーとして、セルガ程ではないがしっかりした知識を持つ彼女がついてきてくれることになって、とても心強い。
「地面だぁ」
久々の陸地に立つと、船の上と同じようにゆらゆらが続いてる。長時間船に乗っていたせいだろう。しばらくは我慢するしかない。
さて、迎えの馬車が来ているはずなのだけれど・・・
私達はそれなりに目立つ集団だと思うのだが、声をかけられることもなければ、一向に迎えらしき姿も見えてこない。
「おかしいですね・・・お嬢様、少々お待ちください」
ジェーンが港の入り口付近にある管理施設へと入っていく。今日到着する船に私達が乗っていることは連絡済みであるはずだ。極端に早くついたとか遅れたとかいうこともないし、急なスケジュールの変更もしていない。あと考えられるのは、迎えの使者が遅れている、という可能性だろうか。
戻ってくるジェーンの表情が厳しい。眉根を寄せて、怒りを抑えているような顔だ。
「王都からの迎えがくることも、それどころかお嬢様が船に乗っていらっしゃることも知らないと」
・・・さすがにそれは、おかしいだろう。乗船名簿はアルディアとトリスで共有するはずだ。乗船時も下船時も、人数を確認しているのだ。
アイゼンで乗船した記録が残っている以上、それはそのままトリス側へ伝わっていなければおかしい。
「んー・・・」
悩む私。私にトリスに来られて困る人物がいるのか、単純に連絡の不備なのか。どちらかというと前者のような気がするのだけど、確証はない。
「とりあえず、街の方に移動しましょう。
昼食を食べながら作戦会議をすることにします!」
空腹では頭が回らない。ここで立ち尽くしていても無駄ならば、動くべきだ。
「ジェーン、もう一度管理棟に行って、迎えが来たら私達が街にいることを伝えてもらうようにして。
リッド、地図を探して買ってきてください。できるだけ詳しく、少なくとも街道が記載されているものを。
スイは食堂を探して。テーブルが広くて、旅人や観光客が多そうな店が理想です」
サイファとメルは私の傍にお留守番だ。
ちなみにリッドは護衛の一人で、筋骨隆々とした渋いおじさまだ。もう一人の護衛であるサイファはリッドに比べて逞しさでは劣るが、動きがとても軽やかだ。何よりサイファは猫耳猫尻尾。獣人の身体能力にも期待が持てるが、それ以上にぴこぴこと動く耳は見ていて飽きない。
指示通りに動き始める3人。少し待てばそれぞれに成果を持ってきてくれるだろう。その間に私はサイファに尋ねた。
「怪しいなぁと思うんですけど、いかがです?」
「俺としては、姫様に同感ですね。
迎えが来ていないだけならともかく、乗船記録のほうが問題です」
「ですよねぇ」
不穏な気配を感じたのは私だけではなかったようだ。
「まあ、取り敢えずお腹を満たしましょうか」
腹が減っては戦はできぬ、だ。




