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あれから一週間。八の月に入り、私は少し焦っていた。
なんせ九の月にはトリスでパーティーに出席するわけだが、その具体的な日付は九の月5日、ソルの日。九の月に入ってから移動したのでは遅すぎるので、八の月の下旬にはもう出発しなくてはならないのだ。ドレスの仕立てやトリスの貴族家についての予習など、やるべき準備は山ほどある。来週には工房に来る余裕すらなくなるかもしれなかった。
そんな私の願いが通じたのか、授業中も食事中も屋敷でもひたすら魔力を注ぎ込み続けた霊石が、ついに最上級品になった。
勿論作るのは指輪型のマジックボックス。デザインは既に完成していて、あとは加工するだけ、なのだが、付与魔法に一つ付け加えたい機能があるので先に小さな原石と、お蔵入りしていた銀の小箱猫バージョンを使って実験である。
付け加えたい機能というのは、マジックボックスに収納されているアイテムがなんとなく頭に浮かんでこないかな、というものだ。VRゲーム物の小説でよく出てくるような、空中にリストが!というのはさすがにこの世界では無理があると思うので、なんとなく何が入っているかのイメージが頭に浮かぶような、そんなぼんやりとしたイメージで付与をしてみる。
なんせ大量の物が入る収納だ。何を入れたのか忘れそうじゃない?中に入っているものを思い浮かべて命じないと出てこないので、中身を忘れてしまうとそれはもう無くなったも同然なのだ。
そんなざっくりとした機能を追加してみたわけだが、これはなんとも変な感じだ。試しにいくつか収納してみて、霊石に触れて何が入ってたっけな、と考えてみると、記憶を呼び起こされるかのように中にあるものが次々と浮かんでくる。
でも、これなら実用の範囲内だ。瞬時に物を探すということは難しいけれど、入れたことすら忘れた品が二度と出てこないという事態は避けられる。
では、本番の付与を開始しますか!
これまで改善してきたマジックボックスの機能をしっかりと思い描いて、付与を開始。そして、魔力が急激に吸い込まれ・・・
・・・
どれくらい時間が経ったのだろうか。
付与魔法を甘く見ていた。というかマジックボックスの付与を甘く見ていた、なのかもしれないが、初めて魔法の付与をして気絶するという事態が発生・・・したんだと思う。気づけば机に突っ伏していたから。
しかしこれは・・・7cm級の霊石を死蔵品にしてよかった。あんなサイズの最上級品、簡単な魔法であってもちょっと付与するだけで死んでしまうかも知れない。
気を取り直して、付与を終えた霊石を指輪に嵌め込む。失神してしまったので失敗していないかかなり不安だ。付与はされているけど、機能のどれかが欠けていてもおかしくはない。
指輪を右手の中指にはめると、指に霊石のひんやりとした感触がある。デザイン、サイズ共に問題なし。
ひとつひとつ機能を確認していくが・・・良かった、成功してる!
ついに、ついに完成!!
あまりの嬉しさに、興味が全くなさそうなレイを捕まえてその小さな両手と握手する私を、レイは批難を込めた目で見つめてくるのだった。
魔導具工房での作業が一段落したので、ここからはパーティーの準備に専念することになる。なんせトリス国のお偉いさんたちのデータを一からインプットしなくてはならないのだ。時間的な余裕はない。ザルツに恥をかかせるわけにはいかないので、必死に頑張ります。
それから丸々3週間、必死に勉強して必死に礼儀作法のおさらいをした。ドレスも仕立てた。今回はシエラとプロのデザイナーさんと3人でデザインを話し合って決めた。ウェディングドレスではないが、白を基調に腰の辺りに大ぶりの花をあしらった、タイトで大人びたデザインだ。少しでも大人っぽく見せて舐められないようにしないと、という私の決意を尊重してくれたのだ。まあ単純に好みの問題でもあったのだけれど。
明日にはアイゼン経由でトリスへ向かう。海路だ。
船に乗った経験はあまりない。旅行のときにフェリーに少し乗ったくらいのもので、大型客船と聞いてもあまりピンと来ないので、船酔いしないといいなくらいしか心配事も無い。船には心配はないが、今回はヴォイドもシエラもいない。メイドさんと護衛の騎士はいるが、パーティーという大舞台で両親2人がいないのは非常に心細い。せめてセルガがいてくれたら、とも思うがそれも無し。
向かう前から心細いとか言っているわけにもいかないよね。
頑張るしかないのだ!




