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「はじめはお父様も剣を習わせてくれませんでしたね。
ティエラが怪我をしたらどうする!っておっしゃって」
そう言って思い出を笑い話にしてその場を流す。この話題はもうやめよう。
「もっと小さい頃はよくジルお兄様が絵本を読んでくださいました」
「ああ、そんなこともしてたな。懐かしいなぁ」
少し恥ずかしそうに笑うジルだが、あの読み聞かせには今でもとても感謝している。
「そのおかげか、すっかり書斎の住人であったな」
そうやって、エイドがいた頃や家を出た頃の話をそれぞれが口にする。久々に会った家族が、会えなかった時間の記憶をそれぞれで補っていくようなこのやりとりは、私にとってはとても幸福なものだった。
しかし家族の話題ばかりではエルミラが会話に入ることができない。多分ジルも同じように気を遣っていたと思う。ヴォイドも、シエラも。時折意識してミュールの話を聞いたり、エルミラの家族のことを聞いたり。だけど多分、エイドだけは気にしていなかった。
「やっぱり家族が一番落ち着くね」
その言葉は、聞く人によっては至極当然の内容であり、聞く人によっては無神経さに怒りを覚えるものだ。
家族の元を離れて、新たに家族になる予定の男性の元へ来て、その思い出話を聞かされてからのこの言葉。場合によっては、「お前はまだ家族じゃないから落ち着かない」と言う意味に受け取られかねない。
そして多分、エルミラはエイドのこの言葉を、そのように受け取ったと思う。
「そうねぇ。娘が一人増えて、増々素敵な家族になったわね」
普段はただ笑顔を振りまいて会話にはあまり参加しないことが多いシエラだが、こういうときには一番頼りになる。エイドがそうだね、とか口裏を合わせてくれれば完璧だったのに・・・
こうやって気を遣うのは、粗探ししてるみたいで好きじゃない。でも、人は言葉の意味を正確には伝えられないし、読み取れない。気にする人と気にしない人の差が激しすぎるのだ。
こういうのは、転生前と、今の学校で、お腹いっぱいなんだけどなぁ。
翌朝私はまた訓練をしてから学校へ向かった。いつも通りじゃない挨拶が、今やいつも通り。
エルミラだけが悪いわけではないのだけど、家でも学校でもこの状態なのは疲れてしまう。人の顔色をうかがって、言葉の裏の意味を探して。
・・・魔導具作りに没頭しよう。
そうだ、今日は宝飾品の店にいって、留具を探さないと。素敵なデザインの腕輪があればそれをそのまま購入して使うのもいい。
帰宅してすぐに、セルガにお願いして馬車を用意してもらう。しかしタイミングの悪いことに、そこには丁度エルミラが居合わせた。
「どこかへいらっしゃるの?」
「探しているものがあるので、大通りのお店に」
「ご一緒してもよろしくて?」
ここでいいえと言える勇気は、私にはない。
「ええ。ただあまり長居はできませんので、それでもいいですか?」
断ってくれることを期待したが、答えは当然のように、イエスだった。
いや、いずれ打ち解けなくてはならない相手だ。どうでもいい学校の子たちとは違うのだから、ここで努力するのは無駄ではない。
エルミラと向かい合って座ると、セルガが御者台に乗ってすぐに馬車は走り始めた。見慣れた景色の短距離移動だが、エルミラにとってはそうではないかもしれない。あれは何?とか聞かれるかも知れないと思っていたが、そんな気配もないままに馬車は止まった。
店に入ると、私はまずブレスレットそのものを見て歩く。商品を見つめる私はエルミラの様子は見ていなかったが、ずっと後ろについてきていることだけはわかっていた。更にその後ろにセルガが続く。私の好みに完璧に合うものはなかったが、少し気に入った物が一つあったので、それを購入。いわゆるキープと言うか、実験用である。うまくいったらど直球のものを自分で作ればいい。
そのために留具も予め買っておきたいので、店員さんに相談した。
「腕に完璧にフィットするようなブレスレットを作りたいんですが、丁度いい留具はありますか?
できるだけ外れにくいもので」
いくつか提案された留具を見て丈夫そうなものを選び、それも購入。一先ず買いたいものは揃ったが・・・もう帰って大丈夫だろうか。
「何か気に入ったものはありました?」
一応聞いてみるが、あまりいい返事は期待していない。私が店員さんと話している間もつまらなそうにしているのが見えていたもの。
「いいえ、もう結構ですわ」
予想通りの返事だったが・・・
「それは、どちらで買われたんですの?」
「それ?」
「その小指のリングですわ!」
赤が好きなのだろうか、それとも意外とかわいい物好き?
「これは頂き物なので、どこのお店のものかは知らないんです・・・」
答えられず申し訳なくなってしまう。折角興味を示してくれたのに。
「そうですの、残念ですわ」
失望されただろうか。
・・・ああもう、こういうことを考えちゃうことが、疲れるんだってば!




