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口に出してから猛烈な後悔が襲ってきた。なぜそれを聞いた、私。
いやでもそろそろ夕飯の時間だなと思って、外の2人の分が無かったら困るのかな、とかも思って、必要なのに無くて怒られるのは料理人の皆さんかなと思って・・・
「いえ、なんでもないです」
こういうときは無かったことにするに限る。
「え、いや待って、いる!夕飯要ります!」
「あ、はい、お伝えしておきます・・・」
私の精神は既に後悔のしすぎで抜け殻状態である。セルガに伝えればいいだろう、なんとかしてくれる。
改めて扉を開け、入る、そして閉める。
「おかえりなさいませ、お嬢様」
「あ、セルガ丁度よかった。
お兄様たち、夕飯屋敷で食べるそうです」
「おや、それはそれは。用意をさせねばいけませんな」
やはり準備されていなかったようだ。
それにしても、随分長いこと外で言い合っているようだけれど、なにがあったのだろうか。小さな頃の印象しか無いけれど、エイドは剣に夢中で、女性に何か言って怒らせるような人では無かったと思う。私の様子を見に来たときも、私に構おうとするでもなく、眺めてにこにこと笑っているような、そんなタイプだった。まあ、6年の間で変わっている可能性もあるし、喧嘩なんて当人同士の問題だからね。気にしないことにしよう。
夕食の時間になって食堂へ行くと、外にいたあの2人が既に席についていた。
結局2人は、ヴォイドが王城から戻ってくる時まで屋敷に入っては来ず、門の前で未だ言い合っていたのを、ヴォイドが間に入って取り敢えず屋敷の中に連れてきたらしい。
「あ、さっきの。伝言してくれてありがとう」
ぽやっとした笑顔はやはりシエラ譲りだ。金色の髪にお父様と同じ緑色の瞳。うん、やっぱりエイドで間違いない。
「どういたしまして」
私もエイドに向かってへにゃりと笑って、いつもの席へ。とはいえ今日は長兄が帰ってきているので、席順が若干変わっている。まあ、私は末っ子なので迷わずにいわゆる下座に座るんだけれどね。
席についた私を、エイドはにこにこと眺めているけれど、隣の女性は何故私がこの場にいるのかわからないというわかりやすい表情をしている。喧嘩してる最中に私の素性について話すわけもないだろうし当然の反応なのかも知れないが、聞かれてもいないことをあれこれ説明する趣味もないので気にしない。
こちらとしても女性の素性が気にならないわけではないのだけれど、そのうち紹介されるだろうし、現段階ではあまり興味がないのが本音だった。
「さて、いただくとしよう」
ヴォイドの一声で今日もゆったりとした夕食の時間が始まる。ヴォイドは何か言う必要があるときも、大体食事を始めてから、食べながら会話を楽しむスタイルなので、恐らく今日もそうだろう。
「ティエラ、まず紹介しよう。
エイドの婚約者であるエルミラ=クルツどのだ」
クルツ、クルツ・・・?
誕生パーティーでご挨拶した記憶はない。
「はじめまして、エルミラ様」
食事の手を止めて一旦銀食器を置いてから、ご挨拶。
「エルミラどの、末の娘のフォルティエラだ」
エルミラは一瞬驚いた顔をしたが、すぐにきりりと表情を整えて私に挨拶を返してくれた。
「よろしくお願いしますわ、フォルティエラ様。
エイド様からは妹さんがいらっしゃるなんて聞いていませんでしたの。
先程の失礼お許しくださいまし」
「いえ、お気になさらないでください」
ありがとう、と微笑むエルミラはなかなかに美人さんだった。ウェーブのかかった栗色の髪、その割に色素の薄い茶色い瞳。少し切れ長の目が気の強そうな印象を与えるけれど、微笑みは穏やかというか、所作が全体に非常に優雅で洗練されている。赤いドレスがちょっとやりすぎな感じは否めないが、いつもこういう服装なのだろうか。
「エルミラどのはミュールの貴族家のご出身で、エイドの休暇に合わせてアルディアにいらしたそうだ」
なるほど、隣国の方か。それならばご挨拶していないのも当然だ。
私の誕生日パーティーはアルディア国内のお客様だけだったのだから。
「休暇の間は屋敷に滞在されるということでよかったか?」
「ええ。お世話になりますわ」
半年屋敷に滞在するのか。花嫁修業のようなものだろうか。
いや、休暇の間に挙式をすることになれば、そのまま残るんだろうな。
「父上、待ってください。
・・・ほんとだティエラだ!」
・・・本気で気づいていなかったようだ。2歳の頃に離れて以来だから最初に見てわからないのは仕方ないけれど、テーブルを囲んでいるのを見れば気づくでしょう普通。
「はい、エイドお兄様。
まさか本気で気づかれていないとは思いませんでした」
恨み言を言ってみる。
「随分大きくなったものだね!
あんなに小さかったのに・・・」
「2歳の頃と比べて大きくなっていなかったらそのほうが問題です」
「兄上、俺はもう剣でもティエラに勝てませんよ」
そう、魔法を使わずに試合をしても、時々は私が勝つようになったのだ。本当に時々なので、ジルの言葉はかなり大袈裟である。
「魔法無しではまだまだ勝てません」
訂正しがてら、すねた顔をしてみせる。
「まあ、婦女子が剣なんて・・・」
飲み込んだ言葉は予想がつく。はしたない、とか野蛮な、とか、そんな感じの言葉だろう。飲み込んだことは評価するけれど、飲み込みきれなかったことは減点だ。この場だけで対応を決めるつもりはないけれど、門の前で散々喧嘩していた女性に婦女子がどうのと言われるのはさすがに癪である。
顔には、出しませんけどね。




