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階下に降りると、ザルツは既に屋敷に来て、応接間で紅茶を飲んでいた。約束の時間まではまだ少しあるはずだが待たせてしまったようだ。
「ザルツ様、おはようございます。
お待たせしてすみません」
「いえ、僕が早く来すぎただけですよ。お気になさらず」
そう言って微笑むザルツの傍には、荷物が一つだけ。
買い物をして一緒に昼食を摂ったら、その後は視察団の面々と合流してそのまま王都を立つ予定になっていたから、さぞかし大荷物だろうと思っていたが・・・
「では、参りましょうか」
シエラが屋敷の前まで見送りに出てくれる。馬車に乗ろうとした私を引き止めて、シエラが小声で囁いた。
「絶対に喜んでくれるわ。自信を持ちなさい」
そして、いつも通り肩の上に乗っていたレイを、ひょいっとつまみ上げた。
「シエラ、何するのよ離してよ!」
「今日はレイちゃんはお留守番よ」
にっこりと笑って私達に手を振り、早く行きなさいと促すシエラと、抗議するレイ。
「別に留守番でいいけど、つまむのはやめてよね!」
その言葉を聞いたシエラは、レイを自分の肩に乗せると屋敷に戻っていった。
なんとも騒々しい出発だ。
2人で馬車に乗り込み、広場までの短い距離を行く。歩くと15分程度はかかる、その程度の道のりだが、セルガは馬車を手配していた。セルガもまた、ザルツの荷物が大きいだろうと心配して、街を見ている間も馬車で荷物を預かっておくつもりだったようだ。
しかし、実際にザルツが持っているのはカバン1つだけ。
馬車の中でそのカバンの正体を悟った私は、納得すると同時に不思議だった。
「それ、旅の間に持っていたカバンですよね?」
「ええ、そうですよ」
「荷物が少ない理由はわかりましたけど・・・
また学園から借りていらしたんですか?」
そう、世界の果てへの旅で持っていたマジックボックスを今日も使っているのだ。あのときは調査のために貸し出されたと言っていたが、視察の旅で貸してもらえたのだろうか。他の視察団の方々もいるだろうに、王族だからといってそう簡単に貸していいものでもないと思うのだが。
「ああ、これ、本当は私物なんですよね」
「へ・・・?」
「僕は旧文明時代の遺跡の発掘や調査なんかもしていまして。
遺跡から僕が発掘したものなので、所有権は僕にあるんです」
ミュールでは伝説の品と言われるマジックボックスを、まさか個人で所有しているとは・・・それにしても、やはり役者もやれるんじゃないだろうか。
「あ、到着したみたいですね」
馬車が止まり、私達が降りると中央広場の丁度南側。大通りが目に入る。
「お土産を買うんでしたか?」
「いえ、このカバンがあるのをいいことに、自分の買い物は既に済ませてあるんです」
いたずらっ子のように微笑むザルツ。確かにマジックボックスがあれば、いつ買い物をしたところで荷物が増えることもない。やっぱり作らなくては。
「アルの日は大通りに屋台が並ぶんでしょう?」
セルガに聞いたのだろうか。確かに屋台が並ぶことは知っている。ただ、私はアルの日に大通りに来たことがないので、案内はできない。というよりも、王都に住んでいるにも関わらず、案内できる場所は1つも無いのだ。
「片っ端から屋台巡り、しましょう!」
張り切って言うザルツに、私も合わせて張り切ってみる。屋台には来てみたかったし、屋台巡りなら案内も必要ない。広場から南に向かって、私達は歩き始めた。
「それにしても、自分のためにおめかししてくれているのを待つというのは、なかなかいいものですねぇ。
うん、とても可愛らしいです」
「お母様のコーディネートは間違いありませんもの!」
服装を褒めてもらえると、シエラが褒められたような気分でとても嬉しい。
「ティエラ様自身も可愛らしいですよ」
「そ・・・れは、ありがとうござい、ます?」
自分が褒められるのには慣れていない。顔が赤らむのがわかる。
それをみて笑みを深めるザルツもまた、いつもとは少し印象が違う。
視察のときは正装だったし、先週屋敷に来たときも正装に近いかっちりとした服装だった。今日は黒のパンツに白いニットというカジュアルな感じ。うん、これはなんていうか・・・
「ザルツ様はそういう格好だと、年齢相応に見えるんですね」
落ち着いた雰囲気は変わらないのだけれど、少しアクティブな印象が足されていつもより若々しい。
「普段どれだけ老けた印象なんですか、僕・・・
あ、ティエラ様!革細工の屋台がありますよ!
僕結構好きなんです、見てもいいですか?」
「片っ端から屋台巡り、ですよね?」
そう言って笑うと、ザルツを引っ張るように屋台を覗く。革製のブレスレットやコインケースなどが並べられていて、どれもなかなかにかっこいい。
そんな風に2人で屋台をひたすら巡り、歩き疲れたら喫茶店に入って戦利品の数々を広げ、また少し大通りを歩く。
気づけばもう昼が近いが、屋台で食べ歩いたためにわざわざ昼食をどこかでとる隙間はなく、二度目の喫茶店でゆったりと過ごすことにした。




