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「精霊・・・様・・・です?」
「そのとおりよっ!
それにしてもあなたの記憶はなんだかちぐはぐね!
どうしてこの世界での思い出がほとんどないの?読書と勉強の記憶ばっかりじゃない」
6年も何してたのかしら、と言いたげな小さな精霊は、ふんぞり返ったまま私を探るように見て、それから私の後ろのほうへと視線を向けた。
「罪悪感・・・ご両親に?
でも、喜ばれると思うわよ?」
この小さな精霊は、私の記憶や感情を辿っているようだ。
私は確かに、罪悪感とともにこの6年を過ごしてきた。だって、自分の娘が誰ともわからない人間の意識に乗っ取られていたら、両親は辛い思いをするに違いないと思っているから。待望の娘だというのはこれまで注がれてきた愛情で、痛いほどわかっているのだから。
それが、喜ばれる?
意味がわからなかった。
「とりあえず、立ったら?
大丈夫よ。これからはこのあたしがついてるんだからね!」
なんだか不安になる太鼓判をおされ、ひとまず両親のところへ戻ることにする。
いつまでもここに跪いているのも、何かあったのかと心配されかねない。
立ち上がりぽんぽんと膝を払うと、離れたところでこちらを窺う皆のもとへと歩く。その肩の上に、小さな精霊を乗せて。
他の人の精霊を見たことがないし、多分宿った精霊は自分には見えるのだろう。
でも、精霊と会話しているような素振りを、他の人がしているのも見たことがないのだけれど。普通は心の中で会話するとか?念話みたいな。
なんだか色々と不安があるけれど、ひとまず精霊を宿すということには成功したみたいだし、失望されたりはしない・・・といいな。
「お父様、お母様。精霊様を宿すことができました」
そう言った私の肩の上で、ふんぞり返る精霊。
そして、どう見ても両親やメイドさんたちの視線は、その肩の上に注がれていた。
「精霊が、具現化したのか・・・!すごいじゃないかティエラ!」
「あぁ、精霊様・・・!娘をどうか、お守りください」
どうやらこの精霊、私以外にもはっきりと見えているようだ。
そしてそれを喜ばれるということは、力の強い精霊しか、姿を見せないのだろうか?
わけがわからないまま精霊の方を見ると、そーいうことよ!という雰囲気で、またしても精霊がふふんと笑う。
「お勉強ばっかりしていた割に、自分がどういう立場かはわかってないのね。
もっと教わるべきことがあるんじゃないの?
以前の記憶があるってだけで、あなたはちゃんとこの二人の娘なのよ?」
そんな精霊の言葉に、一同の驚きはその内容ではなかったようだ。
「精霊が、しゃべった・・・!!?」
同行者全員が、信じられないものを見たといわんばかりに目を見開き、言葉を失っている。
そもそも普通の基準がわからない私は、その様子にただただ困惑するしかできない。
「違うでしょ!食いつくところはそこじゃないでしょぉお!
もう!これから街に戻るんでしょ!
その間にもっとちゃんと話しなさいっ」
精霊のお叱りで、一同はまずは家への道中に話を先送りにすることにしたのだった。
「つまり、奏という女の子として生きていた記憶も意識もずっとあって、そのせいで遠慮していた、ってことかしら?」
シエラの言葉に、申し訳ない気持ちが再び押し寄せてきて、私は力なく頷いた。
「本当は、ティエラっていう、ちゃんと、二人の娘が、いるはずで・・・
だから、ごめんな・・・」
「すごいじゃないか!!
王家から転生者が出るなんて・・・!
しかも精霊も具現化して、もしかしたらティエラがこの国最強になるかもしれないな!
あぁ、転生者ということなら、慣習どおりミドルネームをつけて、これからはフォルティエラ=カナデ=アルディアだ!」
謝罪しようと頭をさげた私の言葉を遮ったのは、興奮気味のヴォイドの言葉だった。
転生者。ヴォイドは確かにそう口にした。
・・・この世界ではよくあることなのか・・・?
そして何より、私が転生者であることが好意的に受け入れられている。
頭の中は大量のクエスチョンマークでいっぱいだ。
「ティエラ、生前の記憶を持って生まれる人はけして多くはないけれど、この国にも存在するの。そしてそういう人たちはみな精霊の加護を強く受けているのよ」
シエラの説明によると。
転生者は数は少ないが存在し、その全てが精霊を具現化できるほど強い力を持っている。
その力は戦争ともなればその戦況を左右するほどに強大であるため、国を挙げて保護されるし、また人々からは尊敬される。その存在に敬意を示すため、ミドルネームとして転生前の名前をつけるのが慣習なのだそうだ。
一族から転生者が生まれることは非常に誇らしく、それがヴォイドの喜びにつながっているのだとか。
「・・・じゃあ私、ここにいても、いいの・・・?」
これまで、自分は存在してはいけないのだと、ティエラという存在は別にいるのだと、そう思っていた。
両親も、あくまでティエラの両親であって、注がれる愛情を受けるべきは私ではないと。
「あなたは昔から、私達の愛娘よ。
・・・今まで気づけなくて、ごめんなさい」
奏という存在を含めてフォルティエラという一個人であると、シエラも、ヴォイドも認めてくれた。
他でもない両親が認めてくれたのだ。
いつの間にか、私は泣いていた。