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ヴォイドとザルツの打ち合わせは数時間に及び、結局結婚時期は長男の都合もあるので未定、公表はアルディアでは来年の春、トリスではザルツの誕生日のパーティーで発表を行うという双方の言い分が共に採用された形で落ち着いた。
あとはザルツの誕生パーティーに私が出席するかどうかという問題が残ったが、20歳というのは成人のときほどではないがこの世界でも一応節目に当たるようで、その節目のパーティーに婚約者を出向かせないというのは対外的によろしくないとの理由から、九の月には私はトリスに向かうことになった。トリスとは対等な関係であるがゆえの外交的配慮というやつである。
話し合いも終わり、今はテラスでゆっくりと紅茶のカップを傾けている。時折紅茶のおかわりが必要ないかとメイドさんが様子を窺っている程度で、ザルツと2人きりである。・・・婚約者になった途端に少し緊張してしまうのはなぜだろう。お兄さん的存在だったのに・・・
そもそも私の方はヴォイドたちが同席していたからともかく、ザルツの方は一人でこんな重大な話を勝手に決めて帰国するというのはどうなんだろうか。
「ザルツ様、こんな風に話を進めて大丈夫なんですか?」
「やっぱり僕が相手ではお嫌でしたか?」
再び子犬のような表情を見せるザルツに、言葉の意図を説明すると、
「こんな朗報を持って帰ったら、トリスではきっと国中が大喜びですよ」
それはどう考えても言いすぎだと思う。
「僕は現王である兄とはかなり年も離れていまして。あ、兄は43になるんですけどね?
その兄が妃に迎えた方は、あまり丈夫な方ではなくて。
子を成す前に病で倒れ、そのまま亡くなってしまったのです。
それから兄は別の方をお迎えすることもなく・・・要は現王には子供がいない。
そして年の離れた弟である僕。
聡明なティエラ様には、僕に妻が望まれる理由がおわかりになるでしょう?」
つまりこのまま現王が崩御なされた場合、次の王になるのはザルツということになる。
「尚更相手を吟味しないとだめではないですか!」
「ティエラ様は頭もよく器量良し、そして必要以上に他人の手を借りようとはなさらない。
加えて言うならば精霊の力もお強くて、魔物に立ち向かう勇気もある。
身分もアルディアの王族で申し分ない。
ここまで揃っていて、文句が出るわけがありません。
それになにより、僕は僕が望まない相手を妻に迎えるつもりはないのです」
さらりと言った最後の言葉に、少し赤面してしまう。ばれないように顔を背けてみるが・・・無駄だろうな。きっとばれてる。
「だから僕は、ティエラ様をトリスに迎えられることをとても嬉しく思っていますよ」
このにこにこ笑顔には、何を言っても敵わないような気がしてしまう。
ザルツに不満があるわけでもそもそもないのだ。
「私の負けです。ザルツ様には勝てる気がしませんもの」
素直に降参して、私はテーブルに置かれた紙の束に目を落とす。待ちに待った報告書だ。
ぱらぱらとめくると、魔物の解剖の結果が詳細な絵図とともに書き記されている。グロいのが苦手な人には向かない内容である。
そのうち、あの巨大な熊の解剖結果のページに行き着いた。まず何よりも確認したいのは、心臓周辺の記載である。真剣な顔でページを捲っていく私を見て、ザルツが楽しそうに笑っている。
「やはりティエラ様は研究にも向いていると思いますよ。
あ、その3ページくらい後ですかね」
言われてページをめくると、目的の記述が見つかった。
書かれている文字についてはザルツの手紙にあったような内容だが、絵図の方は・・・
胸を開いたときの様子、肋骨を除去した後の絵、そして摘出した心臓の肉片の形状などなど、写真かと思うくらいに詳細に描かれている。心臓は不自然に中心部を失ったように穴が開いており、その穴の形が、私が転移させた短剣の形にそっくりだ。
短剣のほうが心臓よりも一回り大きかったのだろう、心臓の近くの血管や組織にも同じような欠損があったようだ。
「やっぱり、消失している、かしら」
ぼそりと呟くと、ザルツが身を乗り出して解剖に実際に立ち会ったときのことを話してくれた。短剣は見つからず、短剣の形に切り取られた臓器を実際に目にして、その周囲が焼け焦げたりはしていなかった、と。
「では、やはり私の狙い通りの現象が起こったのだと思います」
この屋敷では魔法を使えないので実演してみせることはできないが・・・求められたら訓練所を使わせてもらおう。
まずは口頭で、以前レイにしたのと同じような説明をする。
「・・・つまり、短剣と心臓がぶつかったのではなく、重なったことでこのような結果になったということですか?」
「ええ、私の予想ではその通りです」
理解してくれたようだ。
「ティエラ様。
今後瞬間移動の魔法は決して使わないと約束してくださいませんか?」
ひどく真剣な顔で、ザルツは私にそう詰め寄った。
急に変わった話題に、私は戸惑ってしまう。しかし、彼の表情は深刻そうだ。
理由は、なんとなくわかってはいる。ザルツからの手紙を受け取った後、私もそれには気づいていたのだ。だから、私はその約束を、拒否した。




