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この世界の人々は早婚だ。15歳の成人後すぐに結婚する人が多く、王族や貴族家では12歳、学校を卒業してすぐに結婚というのも珍しくはない。
私の兄たちのように結婚がまだであるほうが逆に少数派と言ってもいい。次男と三男は留学中だから仕方ないにしても、長兄はもう21歳。ザルツよりも1つ年上である。
国内を騎士団の一員として巡っているこの兄とは、ほとんど会ったことがない。なにせ私が生まれて2年ほどで既に家を出てしまっているのだ。
そんな長男であるが、彼にも婚約者はいるらしい。ただ、国内とはいえ魔物を討伐して回るような危険な任務を率先して引き受ける兄は、それを理由にまだ正式に結婚しているわけではなかった。ヴォイドとしても、順当に行けば跡継ぎとなる兄には経験を積んでほしいらしく、今の状況については黙認している。
次男三男はといえば、今年の冬が終われば一度アルディアに帰ってくることは確定事項だ。その後どうするのかは、知らない。
ただ、三男は今年成人を迎えた。本来なら今年の春には一度戻って成人としてのお披露目が行われるはずだったのだ。しかし、研究に没頭していた兄たちは共に遺跡の発掘に篭っており、しかもそれがトリスの南西に位置していたことが原因で1年遅らせることになったという情けない事情があった。
トリスは隣国ではあるが、実はそれほど簡単に行き来することはできない。
アルディアの東にはケルネルという鉱山の街がある。鉱山の街なのだから、当然鉱山があるわけだが、その山は南北に広くそびえ立っており、トリスに行くにはその山脈を迂回しなければならない。
陸路なら一度北のミュールの国を通ってトリスに入るか、直接トリスに行こうと思ったら海路を取るかのどちらかになる。
この海路がまた曲者なのだ。アルディアで海に面している都市はリューイと、アイゼン。しかしリューイからは船が出ていない。漁業は盛んに行われているが、遠浅の海が広がっているために大型の客船が立ち寄るのが難しいのだ。
そうなるとアイゼンからということになるのだが、リューイ近辺のこの浅い海は東の方に向かって広がっている。それはもう、トリス国の沿岸をも広く囲むほどに。
結果的に、アルディアの中でも西部に当たるアイゼンから、浅瀬を大幅に迂回してトリスの南東までぐるりと回らなくてはならず、それが理由で貨物船に比べて客船は大幅にその数が少ない。海の荒れる季節なんかは、おとなしく陸路を選んだ方が早いくらいに。
兄たちが本来戻るべきであった時期は丁度その季節にあたり、海路を選ぶこともできなかったのである。
帰省できなかったので成人の儀も遅らせます、というのは随分大雑把な話ではあるが、現代日本の交通の便利さとはわけが違う。その辺の差から、感覚が違うのだろう。
まあつまり何が言いたいかと言うと、うっかり兄たちを追い越して婚約者ができてしまった私が、では具体的にいつトリスに嫁入りするのかという問題が出てくるわけだ。長兄が未婚のうちに末の娘が嫁入りするというのもなんだか不自然であるし、私に婚約者が出来た以上、他の兄たちにも婚約を、という声は当然上がるだろう。主に王族とのパイプを欲しがる貴族家や名家の方々から。
「僕としては正式な結婚は遅くても構わないのですが、できれば婚約の公表については早めにさせていただきたいんですよね」
ほら僕もう20になりますし、というのはザルツの要望である。トリスの王族の中でもかなり年の離れた末子である彼に、今まで婚約者がいなかったということのほうがおかしいのだ。彼自身が望まなかったからとか研究者として王宮から離れていたからとか、理由はいろいろあるにせよ、そろそろ結婚を、という声が周囲からあがっていたのは確かなようで、そのため公表だけは早いうちにさせてほしいというのだ。
この辺はもう大人の事情だ。婚約が成立した以上そのあたりの調整は私がどうこういうことではないように思う。
「来春、三男のテオの成人の儀がある。アルディア国内での周知はそれまで待ってもらいたい。
しかし、トリスのほうではそういうわけにも行くまい?」
「そうですねぇ、できれば僕の誕生日には発表したいところです」
「九の月であったか」
週の呼び方と違い、それぞれの月に日本のように名前がついているようなことはなく、一の月、二の月・・・などと呼ばれている。私の誕生日は五の月、つまりザルツの誕生日の頃には私は8歳だ。ザルツが幼女趣味と思われないか心配だが、政略結婚であればこれくらいの年の差は普通のこと。別に政略結婚なわけではないのだけれど。
それにしても・・・魔物の解剖の報告会をする予定だったのに、すっかり話題が変わってしまった。とはいえ視察からザルツが帰ってしまった後ではこうしたすり合わせを行うのも困難になるから、仕方がないと言えばそれまでなのだが。




