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仕上げられた淡い桜色の服に身を包む。
ショートパンツに革のニーハイブーツ、上着の袖は長めで、萌え袖一歩手前といったところ。
その上から薄い革のグローブをつける。
父王ヴォイドが、防具の扱いは任せろと、銀色のブレストプレートをつけてくれた。背中の部分も保護するタイプのもので、左胸にはアルディア王家の紋章が刻印されている。
腰の部分には太めのベルトをつけ、護身用にと渡された豪奢な短剣をホルダーにセット。
ウエストポーチもつけてはいるが、中身はハンカチや櫛。格好にそぐわない。まるで遠足だ。
新緑が眩しい季節。
今日が6歳の誕生日だ。
精霊の泉に向かうため、朝から慌ただしく準備に走り回るメイドさんたちを横目に、シエラとヴォイドはティエラの晴れ姿に満足げだ。
実際、桜色の冒険服も銀色の胸当ても、ティエラによく似合っていると思う。
何度も仮縫いやサイズ合わせがあって正直辟易していたが、こうしていざ当日になって袖を通すと、まんざらではない気持ちになるから不思議だ。
ティエラの愛らしい顔にも、小柄な細身の体にも合わせてくれたプロの技術はさすがの一言だ。
これから両親と護衛の騎士3人、メイドさん2人とともに馬車で森へと向かう。
3時間ほどの道のりだそうだが、そこから20分ほど歩くことになるのだとか。
長距離の馬車移動はちょっと不安だが、王室専用の馬車は座席もふかふかとしたクッションに覆われているし、多分大丈夫だろう。
馬車と3頭の騎馬とで街道を進む。
それなりに長い道のりだ。精霊がすべての人に宿るというのなら、馬車を用意できない人たちはどうしているのか?
答えは単純に、公共事業である。
この世界、科学技術が発展していないと言うだけで、文明レベルとしてはかなり進んでいる。国によって上下水道が整備されていたり、街の開発事業も行政が主導している。
そんな中、精霊の泉へ少年少女たちを誘うという事業は、非常にリターンが得やすいものと言える。
科学という武装を持たない人々にとって、精霊の力というのは強力な武器であり、防御でもある。強い精霊を宿す者が現れれば、新たに魔導具を作り出す力となるし、国にとって貴重な戦力にもなりうる。
子どもたちを送り出す親の立場からみても、自分の子供が無料で泉に赴くことができて、他者に差をつけるほど圧倒的な力を持つ可能性をはらむこの一大イベントは、つまり家庭の経済事情をひっくり返す可能性でもあるのだ。
稀に精霊を宿すことを拒否するアンチ超常現象的なご家庭もあるようだが、ごくごく一部、その割合は1%にも満たない。
そんな背景もあり、精霊の泉には月に数回、国が子どもたちを送迎する仕組みが成り立っているらしい。
自分たちで馬車と護衛を用意する富裕層のほうが少数派なのだ。
馬車は街道の延長のように細く続く道を進む。既に森の中だ。
木々は濃い緑に染まり、風に揺られてさらさらと心地よい音を立てる。
森林浴とか、日本でする機会はほとんどなかったけど、気持ちいいものだ。
しばらくすると、少し開けた場所に出て、馬車が止まる。
「ここからは徒歩よ。
それほど大変な道ではないけれど、転ばないようにね」
シエラに促されて馬車を降りると。先程よりも細い道が森の奥に続いているのが見えた。あの奥に精霊がいるのかと思うと、気が急くような、でもちょっと怖いような気がしてしまう。
先頭に二人の護衛、続いてシエラと私、後ろにヴォイド、メイドさん、最後尾に護衛の騎士一人という配置で、十分に踏み鳴らされた小道を歩く。
時刻は昼を過ぎたところだが、木々の影になって随分と涼しい。
隣を歩くシエラがふふ、と笑う。
「ジルとここに来たときはね、あの子すごくはしゃいじゃって。
走り出して見事に転んだのよね」
「泣くまいと我慢していたが、こっそり涙を拭っているのを皆で見てみぬふりをしたものだ。
あれも大きくなったものだな、妹に絵本を読んでやるような兄らしい姿を見るとは思ってもいなかったぞ」
ヴォイド達にとっては5年ぶりに歩く道、4人の兄たちそれぞれの思い出があるのだろう。
なんとも穏やかな顔で語り合う二人に、時折後ろのメイドさんもにこにこと笑みをこぼす。兄のときに同行したのだろうな。
「精霊が、この子を守ってくれますように・・・」
「可愛い娘だからな。兄たちよりも強く保護してくださるとよいのだが」
そう言って、歩みを止める。
目の前には、キラキラと光る水面が姿を現していた。
「さぁ、いってらっしゃい」
一見、他の泉と大差があるようには見えない。なぜこの泉が精霊の泉と呼ばれているのか、そして点在するという他の精霊の泉も、どうしてそこに精霊が住むのかは解明されていないらしい。
ストレートに言うならば、普通の森の中のキレイな湖である。
手順は教わっている。
私は泉のすぐ傍まで近づき、膝をつく。
「私を守護する精霊様、どうかこの身体に宿り、その加護をお与えください」
願わくば、ティエラに宿る精霊が、ティエラの意識を目覚めさせてくれますように。
そして、冷たい泉の水を両手で掬い、口にする。
飲み込んだ瞬間、冷たかったその水が熱を持ったかのように、胸のあたりがあたたかくなり、その熱が全身へと伝わっていく。
これが精霊を宿す感覚か・・・不思議な感じ。
儀式は終わった。
立ち上がろうと顔を上げる。
その視界に映ったものに、驚いて固まってしまう。
「驚いた!こんなに前の記憶を残してる人間、初めて!
このあたしが守護してあげるから、安心して守られなさいよねっ」
手のひらほどの大きさの、羽の生えた女の子。
おそらく、精霊様、というやつなんだろう・・・