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パーティーの翌日はアルの日。学校は休みだ。
ちなみに一週間は6日、一ヶ月5週間と若干地球とは違うが、月は12までで1年というのは変わらない。ウルの日、ミトラの日、アイン、トレ、ソルと続いてアルの日に戻る。
久々にジルと一緒に朝の訓練で汗を流し、屋敷に戻って着替えを済ませた私は、自室で本を片手に怠惰な時間を過ごしていた。
昨日までは暇さえあればダンスや礼法の授業があったので、こうしてゆっくりと寛ぐのは一月ぶり。予定のない休日って素晴らしい。
窓際のテーブルで紅茶を飲みながら読んでいるのは、何故か書斎の本棚に並んでいた料理のレシピ集である。お菓子の作り方も載っていて、イラスト付きの解説が丁寧だ。セルガに頼めばキッチンを使わせてくれるだろうか?
また1枚ページを捲ったところで、ドアのノックの音が響く。
「お嬢様、手紙が届いております」
手紙。
私はその差出人に思い至り、急いでドアを開ける。
メイドさんが両手で差し出してくれたその手紙は、ロロによって届けられたのだろう。丸い筒には、トリス高等学園と刻印され、その下に私の名前が書かれた紙が貼られている。
やっぱり、ザルツからの手紙だ!
急いで筒の蓋を外し、中に丸められた紙を取り出す。広げてみると、簡単な挨拶の後に、こう記されていた。
『カナデ様の短剣は無く、魔物の心臓は一部消失しておりました。
残った肉片と心臓周辺の様子から、短剣の形に欠損しているようです。
詳細はまとめ次第陸路でお届けしますので、もうしばしお待ちください。
できれば魔法によってこのような現象が起きる理由について、もう一度口頭での説明をして頂ければありがたく存じます。
ザルツ』
署名をシルザリッツではなくザルツと書いてあるのは、これが研究者としての報告だからなのだろう。
そう、あの熊の魔物の解剖の結果である。彼がトリスへ戻る前に、心臓付近の様子だけできるだけ早く教えてほしい、とあらかじめ伝えてあったのでこうして手紙を送ってくれたのだ。
それにしても、消失している、というこの結果。
私の狙い通りに作用してくれたようだ。転移させた短剣が取り返せないのは惜しいけれど、この結果には満足である。転移の魔法は、強力な武器になる。
それがわかっただけでも十分だ。
しかし、口頭で説明を、って、彼が再びアルディアにくるのだろうか。それとも私がトリスに招かれる?前者ならともかく、後者は私の一存で返答していいことではない。ヴォイドに手紙のことを報告して、それから返事を書こう。
夕食の席でヴォイドに相談した後、すぐに返事を書いた。口頭での説明はザルツ本人に、姫としてではなく個人的にであれば構わない、と書き添えて。
翌朝ロロの足に手紙の入った筒を括り付け、翼を広げ飛び立つ姿を見送った。
早起きしてロロを飛ばした後は、学校へ。
クラスメイトたちとおはよう、と挨拶を交わして席に着く。愛すべき平和な日常だ。いつも通り座学は睡魔との戦いだ。算術の授業は今は掛け算を教えている。
しかし九九という概念が無いようで、一桁同士の掛け算ですら、2が3つあるから6で・・・と皆が指を折りながら計算する姿はなんだか微笑ましくもあるのだが、効率はとても悪い気がする。ガルヴァの話を聞いていないように見えるようで、いや実際にほとんど聞いていないのだけれど、前に出て問題を解いてみろと当てられることもある。しかしその悉くを私が瞬時に暗算で解答するものだから、ガルヴァも次第に私にあてることをしなくなった。
昼休みはいつも通りアイラたちとランチを楽しみ、午後の実習の時間。
今日は校庭で魔法の実習の予定だ。実際に魔法を使うという授業は今回が初めてのためか、皆少しそわそわしているように見える。
クラスメイトの様子を見回していた私と、Aクラスの輪の中でじっとこちらを見ていたディストの目が、ばっちり合ってしまった。いきなり逸らすのも失礼だし、なによりそれは感じが悪いのでどうしたものか。とりあえず自然に見えるようにアイラたちの方に視線を戻し、今日の授業について話し始める。我ながらわざとらしいが、演技力など皆無なので仕方がない。
ディストは視線を外してくれただろうか。完全に背中を向けてしまったのでその挙動はわからない。剣の訓練をしているからといって、気配を感じ取れるような達人ではないのだ。
最近は諦めてくれていたようだったから、完全に油断していた。パーティーで遭遇してしまった以上、何らかの動きがあるかもしれないことは簡単に予想できたはずなのに。
案の定、後ろからはザッザッと土を蹴るような音が聞こえる。それは段々と近づいて、私の真後ろで止まった。
「やはり、俺がお守りするのに相応しい方だった。
そのような者たちに貴方が気を遣われることはありません!
今日からは俺がこの身に変えても・・・」
・・・カチンときた。
そのような者たち、とは、どういう意味だろうか。
返答によっては、私だって黙ってはいられない。




