5
再び馬車に乗り、窓の外を眺めながら次の店へと向かう。
それほど距離があるわけではないらしいが、馬車をおいていくわけにもいかない。上機嫌な母シエラとは対象的に、私の心はどんよりとしていた。
ティエラのクローゼットの中は、ほぼ全てがドレスやワンピースだ。動きやすい服を着れるのは、護身術の指導を受けるときだけだ。
数人の家庭教師がついているが、この国の歴史や礼儀作法、ダンスと、パンツスタイルの必要の無い授業ばかりで、もちろんこれらを受けるときはスカート一択なのだ。主にシエラの趣味のせいで。
剣術や弓を習ってみたくて、ジルの剣を持って構えてみたこともある。今まで興味を示すと大体習わせてくれたのだが、剣術に関しては父王の、「かわいいティエラが怪我でもしたらどうする!!」という親バカな一声で却下された。
まぁ、私のせいでティエラに傷をつけるわけにはいかないしね・・・と自分を納得させたが、有事の際に怪我をしないために習うのでは、という疑問を消し去ることまではできていない。
またドレスを作ろうというのなら笑顔で断固拒否したいところだが、今回作る予定なのはドレスではない。
まだしばらく先だが、来年には6歳になる。
6歳、つまりは精霊を宿す年だ。
精霊を宿すために、精霊の泉というところに行くことになるのだが、あまり深くはなく途中までは馬車で向かえるとはいえ、一応森の中。
森の中を歩くのにさすがにドレス姿というわけにはいかない。
また、護衛もつくとはいえ、森の中に野生の動物なんかがいて襲われる可能性もゼロではない。魔物は精霊の泉には近寄らないという話だが、念には念を入れて防具を作るのだ。
とはいえ、”はじめての娘かわいい病”継続中のシエラのことだ、おそらく他の服にも話が脱線するだろう。
それを思うと、気分もどんよりしてしまうというものだ。
一軒の店の前でシエラとともに馬車を降りる。
シエラが重厚な木の扉を押し開けると、カラン、という鐘の音のすぐ後に、すらりと背の高い犬耳の男性が、いらっしゃいませ、と折り目正しく頭を下げた。
さらさらとしたストレートヘアの隙間から覗く白いふわふわとした耳を、思わず凝視してしまう。
「獣人は珍しいですか?」
気分を害した様子もなく、男性は微笑んだ。
道中馬車から何度か目にしてはいたが、間近で見るのは初めてだ。
とはいえ、物珍しそうにしてしまったのは失礼だろう、ごめんなさい、と謝った。
私が初めて出会うだけで、獣人自体は珍しいわけではない。身体能力が高かったり、その種の特性を持っていたりと、スペックとしては普通の人間を凌駕する。
この国では差別はなく、人と獣人は完全に平等な立場にあるが、北東の国では獣人のほうが立場が上だったりするらしい。
お気になさらずに、と穏やかに微笑む男性は、こちらへどうぞと背を向ける。
・・・もふもふの尻尾が楽しげに揺れる。
つい目が行ってしまうので、意識して店の中を見渡すことにする。
高級感あふれるビロードの絨毯の上を進んでいくと、事前に考えてくれていたのだろう、いくつかのデザイン画が置かれたテーブルがあった。
「伺っていたとおりのきれいな髪の色ですね。やはり胸当ては銀色が良さそうです。
あとは鎧の下に着る服ですが、いくつかデザインしてみたのでご覧ください」
これこそ冒険服!といった動きやすそうなデザインが数枚並ぶ。森の中を歩くための服だ、当然袖も裾も長いパンツスタイルだ。シエラが渋い顔をしている。・・・嫌な予感がする。
「折角女の子なんだもの、スカートじゃなきゃ!」
シエラのスカート信仰はなんとかならないものだろうか。
「森の中を歩くには、スカートは不便かと思いますよ。丈を短くしても、木の枝にひっかかったりするかもしれませんし・・・晴れの舞台でスカートが破けてしまっては台無しでしょう?」
「それは確かに・・・そうね。でももう少し可愛げが欲しいわ」
「では、ショートパンツにするのはいかがです?線の細いお嬢様にはきっとお似合いですよ。足元は長めのブーツで保護して。草木で切ってしまうかもしれませんしね」
さすがプロである。シエラの要望を受けてデザインがどんどん変更されていく。
喋らないことにしている以上口出しもできないのだが、私の出番はなさそうだ。
「デザインを詰めている間に、お嬢様の採寸をさせていただいても?」
時間の短縮にもなるし、素晴らしい気遣いだ。ありがたく受けることにしよう。
笑顔でコクコクと頷くと、別室で採寸をしてくれることになった。
まだ5歳の体はどんどん成長して、すぐに着られなくなるのになぁ、無駄な出費じゃないのかとも思ってしまうが、服はともかく防具の類はサイズをしっかりと合わせないと本来の機能を発揮できないのだそうだ。防具と体の間に変に空間があると衝撃を吸収しきれなかったり、動きを妨げてしまったり。
万一のための準備をするのに、下手に妥協するとその万一も防げなくなるかもしれないと言われたら、納得するしかなかった。
採寸が終わる頃には、シエラも満足げな表情でデザイン画を見つめていた。
思いの外短く用事が済んだことに、店員さんたちに感謝しつつ帰路につくのだった。