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パシンッ
ヴォイドの手が、私の頬を打つ。
なぜ打たれたのかわからない私は、涙目でヴォイドを見上げていた。タリムは無事倒せたし、怪我もない。精一杯戦って、頑張ったのに。褒めてくれると、よくやったといつものように頭を撫でてくれると・・・そう思っていたのに・・・
「お前が無事で、よかった・・・」
ふわりと、抱きしめられる。少しずつ、その力は強くなり、その腕が、震えているのがわかった。
ああ、そうか。心配してくれたんだ・・・
「お父様・・・ごめんなさい・・・」
絞り出した私の声もまた、震えていた。
しばらくして。ザルツとアルドはタリムの体を調べていたようで、その遺体は既にマジックボックスに収納されたのだろう、地面に染み込んだ血の跡だけが残っていた。
一度野営地に戻りましょう、というザルツの提案に従って、私達は再び野営地で焚き火を囲んでいる。もはや嫌味を言う人間はいない。タリムは私が殺してしまったのだから。
けれど、見知った人間を殺してしまったにも関わらず、私の心には後悔も、自責の念も罪悪感も、何一つなかった。
もともと私は人情に厚いほうではないし、相手は私を殺そうとしていた。何故殺したいほどに憎まれたのかは気になっても、自分が人を殺したという事実は、自分でも驚くほどに、私の心はそれを素直に受け入れていた。
焚き火の炎に照らされる私達の顔を見回して、アルドが話し始める。
「人間が魔物化するというのは非常に稀なことです。僕の知る限りでは、古い伝承でわずかに触れられているだけ。
その原因や魔物化した人間がどうなったかは、伝承でも触れられていなかった。
今回は、転生者への怒りや嫉妬があの人・・・タリムさん?を魔物化に至らせた負の感情だったのでしょうけれど、それにしたってそれくらいの感情、普通に生きていれば誰が持っても仕方のない程度のものだと思うんですよねぇ」
「嫉妬や憎しみは人間なら誰しも一度は感じるものですよね」
アルドの言葉に、ザルツを始め全員が同意を示す。
「にも関わらず、彼は魔物化してしまった。
これはこの果ての異変の影響なのかもしれない、と僕は思うのです。
仮に同じような感情を東の国々で爆発させたとしても、魔物化はしなかったのではないかと」
つまり、西の果てで魔物が増えているのは、魔物化する閾値が低いということだろうか。
「それから、これは異変どうこうとは関係ないのですが・・・
彼は一度魔物となって理性を失っていた。そしてその後魔物化したままで理性を取り戻しましたよね。彼が言う言葉を信じるならば、精霊を食ったから。
精霊の力を変質させるのが魔物化であるならば、さらに精霊をそのものを取り込んでしまうことであのような変化が起きるのであれば、彼は単なる魔物とは全く別の存在だと言えるでしょう。
あえて名付けるならば・・・魔人、とかですかね」
魔人。
確かにあの状態のタリムは、ただの魔物と呼ぶには色々と例外すぎる。
「魔人か・・・確かにそういった呼称があってもよいかもしれぬな」
魔物と違って理性を持ち、それ故に本能ではなく明確な目的を持って魔法を使うもの。普通の魔物よりもよほど脅威になりうる存在だ。
「タリム様の魔物化が異変の影響を受けてのものならば、その引き金となったのは世界の果てに近づいたことではないでしょうか。
今までもタリム様はいつも怒ってらしたり不満を口にしていましたが魔物化しなかったわけですし・・・」
「うむ、その可能性は高いな。
明日、再度世界の果ての調査を行う。
魔法的な何かがある可能性も否定できぬし、カチアどの、ティエラ、2人はそういった痕跡を探してくれ」
ヴォイドの言葉に頷く。探知魔法の範囲を絞れば、力の残滓が見つかるかも知れない。
明日の調査は、気合をいれて挑まなくては。
翌朝、私達は再び世界の果ての荒れた地面に立っていた。
カチアと手分けして探知魔法を使いながら歩く。範囲を絞って感度を上げている関係で、一気に全体を見通すことができないのだ。
レイは私の肩の上で、相変わらず辛そうな表情を浮かべている。世界樹の声が聞こえやすいということは、この近くにも世界樹の根が通っているのだろうか。
・・・いや、世界樹の力で果てが拡大しているのなら、近くまで根を張っているのは当然か。
探知魔法にそれらしい反応はない。考えてみれば、果ての異変はここだけでなく、既に周辺にも影響を及ぼしはじめているのだ。ならば、それが魔法によるものならばその残滓も広範囲に広がっているはずだ。それがまったく見つからないということは、魔法によるものではないのかも知れない。
「レイ、世界樹の声が聞こえる?」
私は一つの可能性に思い至り、レイに訪ねた。
「うん、はっきり聞こえるわよ。泣いているのが」
「その声がもっと強く聞こえる場所って、あるかな?」
「・・・待って、探してみる」
肩から飛び立つレイ。辺りを滑空するように飛び回り、やがて一箇所で止まる。
私はレイのところまで早足で向かった。
「他にも何箇所かあるんだけど、ここが一番かしら?」
その場所は、調査していた範囲よりも果ての漆黒に近い場所だった。地面や辺りを見回しても、他のところと違いがあるようには見えない。
それでも、精霊の泉と同じ理由で世界樹の声が聞こえやすいのだとしたら。
きっとこの真下に、世界樹の根が通っているんだと思う。




