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石畳で舗装された大通りは、多くの人で賑わっていた。
曜日の概念があるようで、日本で言えば日曜日にあたる、アルの日に限っては大通りに屋台が並ぶのだそうだ。
普段は大通りに並ぶのは比較的大きな商会や人気のある商店の店舗で、それらは高級な部類なのだ。そのため、人通りは多いが、活気があるという雰囲気ではない。
街に出るのは初めてだ。
馬車の窓から見える風景に心が躍る。
街は石造りの建物が並ぶ割に、殺風景には見えない。石材が多様なのだ。
でこぼことした自然の風合いを感じさせる外壁もあれば、大理石のようになめらかで光沢のある外壁もある。色も切り出したままの灰色から、焼いた赤レンガ、白や黒など様々だ。
バラエティ豊かな分統一感がなくなりそうなものだが、不思議と雑多な印象は受けない。
「この通りは、先代の王が区画を整理したの。街の景観にもこだわる方だったから、ここの建物の外観にも基準を設けたのよ。
きれいな街でしょう?」
母の言葉に、窓の外を眺めながらコクコクと頷いた。
なるほど、京都みたいな感じか。
街のあちこちに釘付けになる私を見て、母は誇らしげだ。
「さぁ、着いたわよ」
一軒の店の前で馬車が止まり、御者の補助を受けて石畳の上に降りる。
目の前の大きな店には、”工房アーツ”と書かれた看板がぶら下がっていた。
本日の目的地その1、魔導具の店である。
先日、2番目の兄が成人を迎え、三男は今年で学校を卒業する。王族は成人してすぐ家を出るようなことはないが、次男三男は魔法の才能があり知的探究心が旺盛で、引き続き勉学に励むことを希望したため、隣国である東のトリア国にある学術都市に留学することになったのだ。
国を離れる二人に実用的な贈り物をと、母が魔導具を注文しており、その受取に訪れたわけだ。
ちなみに1番上の兄は武芸に秀でていたため、成人後は騎士として国内の未開拓地で危険な動物や魔物を討伐する任務に就いているらしい。
魔物。
そう、この世界には魔物が存在する。
魔物と言っても、スライムとかゴブリンとか、そういう王道の種があるわけではない。
普通の動物が、魔物に変異するのだ。
それ故に魔物と普通の動物は一見違いがなく、動物を狩りに行って狙った獲物が魔物だった、なんてパターンも少なくないのだとか。
なぜ魔物に変異するのかは解明されていないが、一説には悪意や憎悪といった負の念に侵され、自身に宿る精霊の力を変質させてしまうからだと言われている。
そして変質した精霊の力によって理性を失い、動物では考えられないほどに強力になるのだそうだ。
一箇所だけ特徴が現れるのだが、正面から相対しないと気づくのは難しいだろう。
瞳が、真っ赤に変化するのだ。
話が逸れたが、母の注文した魔導具というのが、魔物を感知するためのものであるらしい。事前に魔物の気配を察知して避けて通るための、一種の護身具だ。
魔導具の機能の中ではよく使われるものだそうだが、魔導具自体がそれなりに高価なため、広く普及するには至っていない。もっと普及すればうっかり魔物と遭遇するような事態は減るのだろうけど、魔導具を作れるほど強い精霊を持つものはそれほど多くはない。結果、供給量が少なくなり価格に反映されてしまう。
貨幣価値は世界共通で、単位はガレ。少額貨幣は色で区別されており、
青銅貨が1ガレ。
赤銅貨が10ガレ。
続いて銅貨、銀貨。金貨と一桁ずつ価値が上がっていく。
平均的な一家族なら月に5000ガレもあれば生活ができるそうだが、ここにある魔導具たちは安いものでも10万ガレを超える。
店内にはそんな高級品たちが説明書きとともに並んでいる。
母が工房主と話す間、触らなければ自由に見て回っていいと許可をもらえたので、ぐるりと見て回ることにする。正直、見てるだけでも楽しい。
水を生み出して常に中身が補充される水筒とか、先端が光を発し周囲を照らすトーチライトみたいなものといった実用的なものから、風を起こして一瞬だけ浮遊できる靴という使いどころに困りそうなものもある。
なんというか、発想力勝負だなぁ。
書斎にあった魔導具作成の入門書によると、魔導具はいわゆる付与魔法によって作られているようで、精霊の力で起こせるような現象であれば再現できる。ただし、付与した時点でその効率が格段におちてしまうのだ。炎を出すという力を付与すると、ライターの火くらいしか出なかったりする。
これが、魔導具を作成できる人材が少ない理由だ。実用に足りるほどの出力を魔導具に求めるならば、付与する力は相応に強くなくてはならない。
実現可能な範囲でどういった効果を出すか。この部分は完全に思いつくかどうかに左右される。作成者のセンス次第とも言える。
これは、見ていて飽きないな。
私の精霊さんも、魔導具を作れるくらい強いといいなぁ。
「ティエラ、そろそろ行くわよ?」
注文した腕輪型の魔導具受け取った母が、楽しい時間の終わりを告げる。
次の目的地に向かうのは、気が重い。非常に重い。
次の店では、私が主役になる。
そう、目的地は仕立て屋なのである・・・