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「仮説としては確かに根拠もあるが、しかし・・・」
うなるように言うバイゼル将軍。
その気持ちは恐らく、皆が思っているのと同じだろう。
認めたくないのだ。
魔物を悪意に染まった存在として・・・はっきりとそれは”悪”なのだと信じて討伐してきた。それはこの旅の道中だけの話ではない。自国に魔物が出現すれば討伐するのは当然で、そうしなくてはどんな被害が出るかわからない相手。理性を失い、ただひたすらに暴れて、破壊して、殺戮を行うだけの存在。
そんなものを、自分たちが倒すべき悪だと断じている存在を、生み出しているのが自分たちだとは、頭ではその仮説に納得がいっても、心がそれを許容できない。
「しかし、人の多い東の国々で魔物が増加したという報告は、ない」
それはアルドの仮説の唯一の矛盾だった。
人間の行動によって負の感情がもたらされた結果が魔物化なのであれば、より人が多い東側で、西側に比べて魔物が急増しない理由はないはずだ。
「その点については僕もさっぱりでして」
お手上げなんです、と実際に両手を上げてみせるアルド。
「・・・この辺りは」
それぞれが考えこみ無言になる中、口を開いたのはレイだった。
「この辺りは、いつもより世界樹の声がよく聞こえるの」
全員が、真剣な顔で静かに次の言葉を待った。
「精霊の泉でも世界樹の声は聞こえるわ。
だけど、それよりもここでははっきりと聞こえるの。
・・・また、泣いてるの。でも、いつもとはなんだか違うの」
ザルツが目を見開いてレイを食い入るように見つめている。それでも、問いただすようなことはせず静かに続きを待っていて・・・しかし、レイの言葉はそれ以上は続かなかった。
空気が重苦しい。まだどこか遠くを見つめるようなレイの目は、以前世界樹の話を聞いたとき同様に少し悲しげだ。
辛そうにさえ見えるその姿に、私はなんとか話題を変えたかった。
「そういえば、精霊の泉って他の泉と何が違うの?」
精霊の泉だって一見ただの湖じゃない、と私はレイに、極力明るい声で問いかけた。
「何がチガウって、そんなの精霊がいるかいないかに決まってるじゃない」
馬鹿にしたようなレイの言葉に、ちょっとむっとしてしまう。
その表情をみて、レイはやっと笑ってくれた。
「わかってるわよ、どうして精霊がいるかって言いたいんでしょ?」
期待している話が聞けそうで、私は勢い良くコクコクと首を縦に振った。
「・・・知らないわ!」
がっかりである。
期待させるような前置きをしておいて、まさかの展開だ。思わずジト目でレイを見る。気づけば一同全員が同じような顔をしていた。
そりゃ、あの言い方なら答えを知っていると期待するじゃないか。しかも知らないと言い切った本人は、何故か偉そうにふんぞり返っているのだからたちが悪い。
「知ってるのは、世界樹の根がすぐ近くを通ってるっていうことだけね!」
・・・爆弾投下。
何気なくもたらされた情報だけれど、そんな空気を変えるためだけにする話ではない。良識のない人間が聞いたら、好奇心に任せてその根を探そうと掘り起こし始めるかも知れない。
ザルツは先程以上に熱い視線でレイを見つめている。世界樹と精霊の関係を解明する発見の手がかりでもあるのだから、当然の反応かもしれない。
「・・・全員、この話は口外してはならぬ。
アルディア王からの厳命として受け止めよ」
ヴォイドの敷いた箝口令は、このメンバーなら恐らく効果を発揮するだろうが・・・
問題はザルツの研究者魂に完全に火がついたに違いないということだ。このまま有耶無耶にしても、誤魔化されてはくれないだろう。
「レイどの、これは人間にとっては大きな影響を与える話だ。
今後然るべき場所で詳しい話を聞くことになると思うが・・・よいか?」
「別に構わないわよ?」
応じるレイの言葉にゆっくりと頷くと、ヴォイドは続ける。
「各国の王と会談を設けよう。その上で有識者を集めて質問を受け付ける。
今しばらくはレイどのに直接話を聞こうとすることは許さぬ」
有無を言わさぬ口調ではあるが、裏を返せば時を改めて話を聞く機会を作るという約束でもある。研究者としての好奇心がそれで収まるかはわからないが、ザルツならば一時的に引き下がるくらいはしてくれるだろう。
その予想通り、ザルツは渋々ながらもヴォイドに向かって頷きを返した。
「まったく・・・レイどのの爆弾発言には驚かされる。
寿命が縮む思いだよ」
厳しい顔を崩して、今度は苦笑いを浮かべるヴォイド。
私も気軽にしていい質問ではなかったな。反省しなくては。
それでもヴォイドの苦々しい微笑みは、その場の空気を少し和ませてくれた。




