41
辿り着いたのは、ところどころ外壁に罅が入り窓ガラスが曇っていて、決して粗末な家ではないのだが荒れた印象を受ける、比較的大きな石造りの家だった。変人と噂されるという前評判が、なんとなくドアをノックするのを躊躇わせる。煙突から煙が上がっているのが見えるし、恐らく在宅中だろう。
ジェロスがドアをノックする。
仮に扉が開いた瞬間襲いかかられてもいいように、念の為護衛であるジェロスが担当したわけだが・・・反応がない。
ちらりと後ろに並ぶ私達を見てから、ジェロスは再度扉を叩く。やはり反応がない。
さて、どうしたものか。変人で、学者・・・研究以外に興味がないのかもしれない。
皆が諦めたような顔を浮かべるが、その横をするりと抜けて、私は扉を叩いて、
「すいませーん、見ていただきたい魔物がいるんですけど!」
少し大きめの声で言うと、中からがたがたと物音が。食いついた!
先程までの静けさが嘘のように、どたばたと物にぶつかるような音が聞こえて、ようやく中から扉が開かれた。
「魔物、サンプルですかっ!?
一体どんな・・・!」
捲し立てる目の前の青年は、髪は跳ねて服はよれよれ、私のイメージする”変人の学者”そのものだった。
「人通りのあるところでお見せするのは、ちょっと・・・」
「あ!そうですよね!
入ってください!あ、いや、魔物を運ぶのが先ですかね!?」
わたわたと私達を中に通そうと、扉が大きく開かれる。私は一足早くそのドアから入り込むと、小声で
「マジックボックスに入っています。
このまま入れていただけますか?」
「! どうぞ!!お入りください!」
外で顔を見合わせるメンバーを振り返り、私はちょっと得意げな顔を見せた。意を決したように足を踏み出す面々は、一列になって室内へと移動する。
家の中の様子は、外から見た印象から言えば、意外ときれいに片付けられていた。廊下に一部本が散乱している場所があったが、恐らく慌てて出てくるときに積み上げた本にぶつかって崩れたのだろう。
暖炉の火で暖められた室内に、外で冷えた頬がむず痒い。全員が入室するとドアは閉められ、冷たい風はもう感じられない。
「そ、それでどんな魔物を!?
どの辺りで遭遇したんですか?討伐の方法は??」
矢継ぎ早に質問を投げかける青年に、まずは少し落ち着いてもらわなくてはならない。私は青年の目を真っ直ぐに見て、微笑みを浮かべた。
「ティエラと申します。
魔物をお見せする前に、マジックボックスのことを口外しないと約束していただけますか?」
マジックボックスのことは私が一方的に伝えたので、本来彼がこのような約束をする義理はない。けれど、この青年は絶対に首を縦に振ると、私は確信していた。そうでなければ秘匿するべき、しかも他人の持ち物のことを吹聴したりはしない。・・・でもあとでザルツには謝っておこう。
「も、もちろんです!そうですね、貴重なもの・・・なんでしたっけ。ちょっとよくわからないですけど。
あ、僕はアルドと申します」
ぺこりと頭を下げる青年は、やはり予想通り、マジックボックスに興味すら示さなかった。学者で、なおかつ変人と言われる人間は、総じて自分の研究以外に興味が無いものだ。偏見ではあるが、私が大学で出会った変人たちというのは漏れなくそうだったのだ。
狙い通り少し落ち着いてくれたようで、アルドは私達に椅子を勧めてくれた。マントを脱いでソファに腰掛ける。・・・大人数で押しかけたせいで椅子が足りない。ふた手にわかれるべきだったかもしれない。
「すまない、私はここで失礼する。
ザルツ殿、こちらのお話はお任せしてよいか?
我々は兵舎のほうへ向かおう。
ヴォイド殿、カナデ殿、よろしく頼む」
同じことを考えたのだろう、バイゼル将軍はアルドに断って席を立つと、護衛たち4人を連れて出ていった。ヴォイドと私によろしく、と言ったのは、恐らくザルツを守れということだろうな。
あまり広いわけではない部屋に魔物の死体を広げるのだ、5人が出ていったのはスペース的にも時間の有効活用という点でも有難い。
残った私達3人は、目線を合わせて頷き合う。
「僕はザルツと申します。
トリスの学術都市で研究員をしています」
「トリスの!それは素晴らしい・・・!」
研究をする者にとって、トリスの学術都市は馴染みがある名だろう。なにが素晴らしいのかはよくわからないが、研究者同士で話せる機会というのはこの国の中ではそう多くもないだろうし、同じ研究者に出会った喜びのようなものか。
それにしても、先程から感情表現豊かに焦ったり目を輝かせたりしているが、それ以上にぺたりと少し垂れた頭上の耳と、ボリュームのあるもふもふ尻尾の動きが忙しない。犬か、あるいは狼の獣人だろうか。
「この街に来るまでに多くの魔物に出会いましたが・・・
大規模に群れを成していたのはこの野犬の魔物だけでした」
そう言うと、ザルツは肩にかけたカバンの蓋を開け、内側についた青い宝石に触れた。次の瞬間、目の前に横たわる魔物の姿が現れる。
犬科らしき獣人の目の前に野犬の魔物を出すのはどうなのだろうとちょっと心配になったが、どうやら気にすべき問題ではなかったようだ。
横たわる魔物の死体をしげしげと眺め、アルドは思案するように顎に手を当てる。
懐からモノクルを取り出し、それを服の袖で拭きながら口を開く。
「ふむ、野犬の群れですか・・・
ということは、南側のルートを通っていらした?」




