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「グガァアアアアアアアアッ」
魔物のその声は、今度こそ確かに最期の悲鳴であった。
大きく開かれた口から、ゴポ・・・と鮮やかな血がこぼれ出る。その目から意志が消え、巨体が徐々に傾く。
盛大な土埃と轟音とともに、魔物の体は地に伏した。
「成功、したぁ・・・」
へなへなとその場に腰を下ろすと、はしゃいだ様子のレイが私の周りを飛び回る。
「カナデ、カナデ!すごいじゃないやるじゃないっ!
さっすがあたしの宿主だけあるわねっ、いっぱい褒めてあげるわ!!」
私の頭を撫でるかのように、へばりついてすりすりしてくるレイ。こうして共に喜んでくれる小さな精霊が、張り詰めていた私の空気を壊して、日常に引き戻してくれる。
「ティエラ!!」
「お父様・・・!
私、やりました!倒せました!なんとかなりましたぁああ・・・」
最後の方は涙目になってしまって、格好つかないなぁなんて思いながらも、私はしばらくヴォイドにしがみついていた。
「あの、カナデ様。障壁を解除していただけませんか?」
私が落ち着くまで待っていてくれたのだろう、ザルツが遠慮がちに言う。障壁のことなんてすっかり忘れてしまっていた。というか、イメージ次第では維持しようとしなくても消えずに残っているのか。
破壊不可能、とイメージした魔法の壁は、私の意思を受けて霞むように消えていった。最後まで私を、皆を守ってくれたこの障壁は、確実に私の自信につながった。魔法は使い手次第。ならば使いこなしてみせる!と気合を込めて、私は掴んでいたヴォイドのマントを、もう一度だけぎゅっと握りしめて、離した。
「お父様、お気づきと思いますが・・・
この魔物、魔法を使っていました」
苦戦の原因は、魔物の巨体や強靭な肉体だけではない。相手が魔法を使うということがこれほどまでに厄介だとは。
「その件については詳しく話を聞かねばならんな。
魔物を倒した方法も教えてもらうぞ。
だが今は、ゆるりと休め」
ヴォイドはそう言って私を抱きかかえると、片腕だけで支えたまま馬車のほうへと歩き出す。ヴォイドの肩に頭を預けてゆらゆらと揺られていると、腰をぬかしたままのタリムが呆然とこちらを見ているのが視界に入り、私は目を伏せた。
今は嫌味を聞く気分じゃない。きっとそれを気遣って、ヴォイドは私の盾になってくれているのだろう。
「ゆっくりしていなさい。出発の準備ができたら戻る。
眠れそうなら少し眠るといい。・・・レイどの、ティエラを頼む」
座席に深くもたれかかる私にそう言い残して、ヴォイドは再び戻っていった。
魔物の死体はザルツが回収してくれるだろう。カバンの容量がどれほどかはわからないが。その研究が進めば、魔法の痕跡が見つかるかもしれない。
魔物が魔法を使った痕跡と、そして私が使った魔法の痕跡。
私にとっては後者のほうが重要だ。魔物の魔法は現実として体験したのだから。
「カナデ、あの魔物に何したの?」
あたしには先にこっそり教えてくれてもいいじゃない、とつんつんと髪を引っ張りながらレイが急かす。
「うん、あの短剣をね。魔物の心臓に転移させたの」
瞬間移動を利用したのだ。ただ、気がかりなのはその結果魔物の心臓がどうなったかである。私の狙い通りならば、心臓は跡形もなく爆発しているか、消失しているか・・・狙いが外れたのだとしたら、単純に短剣が心臓に突き刺さっているだろう。
・・・取り戻せるものなら、あの短剣は取り戻したいんだけどなぁ。
「なんで刃物を転移させた結果が爆発なの?」
「うーん、なんていうか・・・例えば道に転がっている石に、別の石がぶつかったらどうなる?」
「そりゃ、お互い弾かれるんじゃない?」
「うん、そうだよね。
じゃあ、その石と全く同じ場所に別の石が出現したら?」
「・・・それってなんか最初のと違うの?」
「うん、多分全然違うんだ」
一定の空間に存在できる物質は限られている。空間はつまりスペースであり、有限なのだから当然だ。そこに別の物質が入ってくると、もともとその空間にあったものは押し出されるか、あるいは弾き返すか。
だけど、物質が転移してくると考えた場合。物質が同じ空間に2つ無理やり存在することになる。・・・それは不可能だ。2つの物質は物理法則に矛盾を生じて、消滅するのではないか、というのが私の考えであり、狙いだった。
魔法の発現に詳しい物理法則やらは必要ない。ただしそれは発現するときの話である。私がイメージしたのは、短剣が魔物の心臓に転移する、ということだけ。そして転移は成功した。
私の魔法そのものは、そこで完結しているのだ。転移した短剣と魔物の心臓がどうなるか、ということは全く別の話になる。
とはいえこの魔法も深く考えればそれなりにコントロールできるのかもしれない。水球を作るときだって、空気中の水分を集めるイメージと水を別のところから持ってくるイメージで結果が違ったのだから。
そんなことをレイに一生懸命説明してはみたものの、実際どうなったのかはトリス国による解剖待ちということになる。明確な答えがすぐに得られないというのはもどかしいものだ。
レイはいつまでも首を傾げて、そのうち理解することを諦めたように鼻歌を歌っていた。




