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まずはひとつめ。
魔物の足元から尖った石を隆起させる。アーススパイク!とかそんなのを想像してみた。
右後ろ足の真下から急激に、そびえ立つように突き出たその石の棘は、魔物が後ろ足で立っていたために容易にその足をずらされ避けられてしまう。前足をついた状態だったら少なくとも体勢を崩すくらいのことはできたかもしれないが、この方法は頭上を天井とかで遮られた場所でないとうまく串刺しにするのは難しそうだ。
では、ふたつめは上からの攻撃に変えてみよう。
魔物の頭上に無数の氷の杭を浮かべる。地面と障壁で逃げ場はさっきよりも圧倒的に少ない。一気にその全てを魔物に向かって落とすと、さらに加重し、加速させる。
見た目よりも遥かに重量を増した氷の杭は、そのスピードにまかせて魔物の腕に、肩に突き刺さる。
「ガアアアアアアアアアッ」
魔物の咆哮が響き渡る。断末魔の声にも聞こえるそれは、しかし魔物のあっけない最後を知らせるものではなかった。
咆哮に呼応するかのように、魔物の体が盛り上がり、その筋肉の締め付けで氷の杭が砕かれていく。
「身体強化・・・!?」
その様子はジェロスが身体強化を使ったときの筋肉の膨張に酷似していた。
まさか、魔物が魔法を使うとは・・・
ただでさえ分厚い筋肉の装甲がさらに強固なものになる。振るわれる前足の速度も、重さも、先程の攻撃が可愛らしく思えるほどに強化され、ドーム型の障壁が激しい音を立てる。
・・・だが、砕けない。罅ひとつ入らない。私の障壁は、破れない!
3つめ。直接的な物理攻撃がダメなのであれば、それ以外で攻めればいい。
イメージするのは、燃やし尽くす炎。
私の視界が赤く染まり、障壁に揺らめく真紅がぶつかる。魔物の巨体を包む柱のように、炎がその毛皮を焼く。これでは足りない。周囲の酸素濃度に干渉する。
赤い炎が徐々に青色に変わり、魔物の皮膚を焦がしていく。
この状態を維持すれば、魔物といえど焼け死ぬか、あるいは炎に酸素を奪われて窒息するか、どちらかだろう。凍らせるとか、水球に沈めるとかも考えた。武器の通らない相手にはそういった手段のほうが有効かもしれない。
ただし、それは魔物でなければ、という注釈がつくことを、私は思い知ることになる。
炎に焼かれて徐々に衰弱していく巨大な熊。完全に燃やし尽くすことを決めて、私は魔法を維持したままじっと魔物を見つめていた。
確かに、私は魔法を維持し続けていた。にも関わらず。
「グ・・・ガ・・・」
じわじわと、炎の勢いが弱まっていく。赤い双眸は光を失っていない。そこにあるのは明確な戦意と殺意。
ぞくり、と背筋に悪寒が走る。さきほど魔物が見せた身体強化。弱まっていく私の炎。
炎が遂に消えてしまったとき、そこにあったのは歪んで見える焼け焦げた皮膚。毛皮は完全に消え失せ、その肌が露出している。だが、その体は陽の光を反射して、一瞬輝いた。
「グガ・・・グルルル」
魔物が四足になって体を振るうと、大量の水しぶきが辺りに舞い散った。
障壁に阻まれて濡れることはなかったが、その事実に私は呆然と魔物を見て立ち尽くしていた。
魔物が、水を、生み出した。
その目が理性を持っているようには見えない。いや、だからこそなのか。
本能的に火を消すものを、水を求めて、魔法を発動させた・・・?
「レイ!これどういうこと!?」
「魔物に宿った精霊の力がどうなるかってことなら、知らないわよ!!」
これは、一瞬で死をもたらすような何かでないと、手に負えないのかもしれない。
本能で水を呼んだのならば、溺死させようとしても空気を呼ぶかもしれない。凍らせたところで熱を求めて魔法を使われればアウトだ。
「カナデ、他になんかないわけ!?」
「ちょっとまって、考え中!」
安全圏にいるとはいえ、動揺して考えがまとまらない。
考えろ、考えろ、絞り出せ、何か・・・
「ひとつ、思いついたかも・・・」
実現可能だろうか?
いや、この世界の魔法は考えすぎるとダメなんだ。詳しい理屈とか理論とか、考えすぎて散々失敗してきたのだから。
「ちょっとえぐいかもだけど、我慢してよね!」
足元を見回して、手の平より大きな石を見つけて、拾い上げる。それを使おうとして、思い直す。うん、刃物のほうがいいかもしれない。装飾の施された短剣を腰から抜いて、抜身のまま目の前へかざす。私が思っているような現象が起きるかどうかわからない以上、安全マージンは取っておくべきだ。
「いっけぇええええええ!」
気合の声と同時に、6歳の誕生日から携えているその短剣に魔法を発動させる。
瞬間、その剣が手元から消えると、魔物の咆哮が響きわたった。




