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ザルツの持っているカバンに一体どんな魔法が付与されているのかを私が思案する一方で、タリムにとってはその出処が何より気になる問題であるらしかった。
タリムの言葉から、それがどれだけ貴重なものなのかがわかる。
曰く、世界でも数点しか見つかっておらず、その全てが古代遺跡から出土したもの。その作成技術は現存しておらず、再現できる魔導具職人がいないものの、その有用性は誰しもが認めており、特に行商に世界中を走り回る商人の間では伝説の品として話題になることもあるのだそうだ。
確かに少し考えただけでも、そのカバンのメリットは大きい。
大きく重い荷物を持つ必要もなくなるし、特に重量があり、かつ旅での生命線となる水を際限なく運べるというのは大きいだろう。持っていくべきものとそうでないものの取捨選択をする必要もなくなるし、狩りや採集に出かけたときは帰りの荷物が持ちきれなくなる心配もない。
「その、これは僕個人の持ち物ではなくてですね・・・」
ザルツの言葉に、それは当然だろうという目を向けるタリム。
「世界の果ての植生の調査のために、僕の所属する高等学校から貸し与えられたものなのです・・・
なので、僕もどこで出土したとか詳しいことは知らないんです・・・」
消え入りそうな声ですみません、と申し訳ない顔を浮かべるザルツだが、タリムが一方的に捲し立てただけでザルツに非は無い。
しかし、これで魔物の生態研究も同時に行われるのであれば、世界的にもありがたい話なのではないか?
勿論、トリス国がその研究成果を秘匿しなければ、の話だが。
その注釈に思い至ったのは当然私だけではなかった。
「研究成果は報告してもらえるのだろうか?
全ての国にその成果を還元してくれるのであれば、今後もしまた魔物を討伐した際もその死体は回収してもらって構わないと考えるのだが」
ヴォイドが釘をさすように言うと、バイゼル将軍もそれに同意を示す。
「魔物の脅威は一国の問題ではありませんからな」
「勿論、今回調査に同行させていただく以上、その道中での成果は全て公開するように国王からも厳命を受けています!」
トリス国の王もまた公明正大な人物であるようだ。ザルツ個人の口約束では正直信頼し切ることはできないが、国王のお墨付きがあるというのならば大丈夫だろう。
仮にこの約束を違えた場合、少なくともザルツ本人は王の名を騙ったことになり、ただではすまないのだから。
「では今後の方針はそれでよろしいか?」
未だ鼻息荒いタリムにも確認を取ると、調査団としては魔物の討伐時はトリス国が回収、研究し、その成果を共有する、という方向でまとまった。
さて、だいぶ時間を使ってしまった。
すぐにも出発しなくてはクロウの街に到着するまでに暗くなってしまう。
街灯などがあるわけでもないこの世界で、暗くなってからの移動は危険が多すぎる。もし闇の中で魔物に遭遇してしまうようなことがあったら・・・ぞっとする。
各自が再び馬車に乗り込み、改めてクロウの街を目指す。
道程はあと数時間。御者さんには申し訳ないが、馬車の中で少し寛がせてもらおう。
既に緊張は解けた気がしていたが、やはりヴォイドとレイという顔ぶれだけになると、より一層気が抜ける。自分の中で張り詰めていたものがほどけていくような気分で、背もたれに体を預けた。
「カナデ、なかなかの手際だったわよ!」
「ああ、あそこまで見事に魔物を討伐してしまうとは・・・
ティエラは私の想像以上に強く成長していたのだな」
二人に褒められて悪い気がするわけがない。思わず頬が緩む。
「だが、あまり危険なことはしてくれるなよ。
お前は旅の同行者ではあるが、それ以前に私のかわいい娘なのだからな」
以前ならば、その言葉はティエラのものだと、罪悪感を感じていたであろう優しい父の気遣い。
今はそれが私に向けられた言葉なのだと信じることができた。
日本で、自分の両親にこんな風に認められたことはあっただろうか。
小さい頃、テストで100点を取ったとき?初めて25m泳げたとき?
大人になってからは、無かったような気がする。実家を避けて、両親とすら疎遠にしていたからかももしれない。
こんなにむず痒く、嬉しいものだったっけ?
レイがいなかったら、レイが言葉を話さなかったら。
私とヴォイドの間にこんな風に親子の絆が生まれることはきっとなかっただろう。
あのとき話をしろと言ってくれたレイに、そして奏という存在をも受け入れてくれた両親に、改めて感謝の気持ちを覚えながら、私は馬車の中で眠ってしまった。




