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子供が泣いている。
子供の鳴き声って苦手なんだよなぁ。なんだか不安になるから。
すぐ近くで聞こえる泣き声に、もしかして電車に轢かれそうになった私を見て泣いているのかと、あたりを見回そうと目を開けた。
視界はひどくぼんやりしていて、輪郭がはっきりしないまま色彩だけが鮮やかだ。
若干グレーがかった白い空間。視線を下にずらすと濃いワインレッドが広がる。
白は天井だろうか。どこか部屋の中に運ばれたのかな。意識を失っていたみたいだし。
そういえば、夜はまだ肌寒いくらいの季節だったのに、今は暖かい。
「#%#&()!!」
誰かの声?でも何を言っているのかわからない。
なんとか聞き取ろうと耳を澄ますと、不思議と子供の泣き声は聞こえなくなっていた。
体もなぜだか動かないし、線路に落ちたときに怪我でもしたのかもしれない。いや、頭を打ったのかも、結構勢い良く落ちたような気がするし。
「”$$&#%@”%#」
また、意味不明な声。
声のする方に頭を向けると、ぼんやりと人影が2人。その後ろの方に黒っぽい人影が3人分。
聞こえてきた声は女性のものだったから、この2人のうち小柄に見えるほうが声の主だろう。
ピンクブロンドがサラリと揺れて、2つの青い光が私を見つめている。どう見ても日本人ではない。
なぜ外人さんが私をのぞき込んでいるのか軽くパニックになる。英語はできないわけじゃないけど、さっきの言葉を聞く限りでは英語圏の人でもなさそう。そうなると言語に関しては完全にお手上げである。
日本語で話しかけてもいいものか悩んで、ただ口をパクパクさせてぁーとかぅーしか言えないでいると、横から同じようにこちらを覗き込む緑色の瞳が急に近づいた。
同時に感じる浮遊感。どうやら抱きかかえられたようだ。あまり体格がいいようには見えないけど、痩せ型とはいえ私を軽々と持ち上げるなんて、細マッチョというやつなのだろうか。
でもあまり顔を近づけられるのは、一応女としてちょっとご遠慮願いたい。
意思表示に手を前に突き出して距離を取ろうと試みて、初めて気づく。自分の腕が、手が、あまりに小さく弱々しいことに。
軽くどころではなく、完全にパニックである。
自分のものであるはずの手を凝視する。小さく、なんだかふっくらしてるように見える。
一度目を閉じて、もう一度見る。やはりこれが私の手のようだ。もう二度三度と繰り返すが、これが私の体であることは事実のようだ。
何がなんだかわからず、私は泣いた。泣きわめいてみるくらいしかできることがなかったのだ。
その泣き声は、私を起こした子供の声そのものだった。
視界がはっきりするようになってからは、不自由ながらも視線を至るところに走らせ、現状の把握に努めた。
まず、私が赤ん坊としてここにいることは間違いないようだ。生まれたばかりの赤ちゃんに憑依してしまったのか、それとも前世の記憶をもって生まれました!なんてテレビでお茶の間を賑やかすようなことを自分が体験しているのかわからない。どっちにしろオカルトもいいところだ。
次に、ここは日本ではなさそうだということと、両親(?)が驚くほどのお金持ちであるらしいということ。
目をさましてすぐに見たピンクブロンドは、母親と思しき女性の髪の毛だったのだ。
ピンクブロンドの髪に青い瞳。父親はきれいな銀色の髪に緑色の目をしていた。カラコンに染めた髪とかじゃないかぎり、日本人ではありえないカラーリングだ。
そして、2人の後ろにいた黒っぽい人影たちは、黒いメイド服を着た女性たちだったのだ。
あのときにいた3人は一体この内のどれなんだろう・・・と思い悩むくらいに、メイド服を着た人たちは大勢いる。執事っぽい人もいる。
私が泣いたときまっさきに駆けつけてくれるのはメイドさんだし、母親の一歩後ろにいつも控えているし、これまたコスプレとかではなく本職のメイドさんたちであるらしかった。
この部屋を訪れる人たちはみな、私の顔をのぞき込んでは笑顔を浮かべていた。
その笑顔を見るたびに、私は申し訳ない気持ちになるのだった。