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馬車に乗り込むと、見知った3人だけの空間になったことに安堵して、息をつく。
「気圧されるものかと思っていたが、大したものだ」
「お父様の顔に泥を塗るわけには参りませんから」
私の返答を聞いて、ヴォイドはもう一度、大したものだと豪快に笑った。
「ミュールもアイゼストも、王は話のわかる人間なのだがな」
ミュールはアルディアの北に位置する商業国家だ。ちょうど4つの国と接しており、中間地点として交易が盛んなのだ。王制ではあるが、議会があり選挙制度もあるのだとか。
アイゼストはミュールを挟んで北東にある。もともとはいくつかの小国が点在し、小競り合いの絶えない地域だったのだそうだ。それを4代前の王様が武力で統一し、一つの国になった。今は安定しているそうだが、それぞれの小国が元になった各街同士で対抗意識が残っている場所もあり、一枚岩とは言えない。
この国は礼と武を重んじるため、国民の7割もが獣人で、身体能力に劣る普通の人間は軽視されがちな部分もあると言われている。
この2国に加え、学術都市の研究者が連れ立って調査に向かうのは、今回が初めてではない。世界の果て近くに駐在する兵士の報告を逐一受けはするものの、10年から20年に一度、こうして調査団を組んで報告の確認と調査を行う。
前回もアルディアからはヴォイドが次期王として出向いており、今回は王として出向くことになった。
他の国は将軍や研究者といった人間が選出されているにもかかわらず、ヴォイドが再び自ら出向くことを決めたのは、ここしばらく報告されている世界の果ての異変が原因だ。
世界の果ては拡大を続けている。
いや、続けていた。12年ほど前までは。
じわじわと拡大を続けていた世界が、その動きを止めたのだ。
原因は不明。ただ単に拡張限界なのかもしれないし、他に理由があるのかもしれない。
前回の調査は15年前。果てが変化しなくなった少し前だということもあり、当時直接現地を調査した者がいたほうが良いだろうとヴォイドが提案し、自ら赴くことになったというわけだ。
私が同行することになった理由が、これだ。
世界を支え、拡げているという伝承の世界樹。
レイの言葉通りであるなら、世界樹は確かに存在し、意思を持っている。
ならば、世界の拡張が本当に世界樹によるものならば。
果ての異変にもまた世界樹が関わっている可能性が高い。
今もなお調査団の態度に文句を言いたげなレイをちらりと見る。
私とレイが役に立てればいいのだけれど。
それには純粋に父王の役に立ちたいという他に、レイを周囲に認めさせるチャンスだという打算もある。
「長旅になる。各街に立ち寄れるから野宿は少ないとはいえ、今から気を張っていては疲れるだけだ、そう怖い顔をするな」
どうやら難しい顔をしていたらしい。顔の筋肉を緩めようと、自分の両手で頬をむにむにと掴むと、ほぐれた顔をヴォイドに向ける。
「お父様に恥をかかせないよう頑張ります!」
にっこりと笑い、馬車の外を流れる風景を眺めた。
昼過ぎ、川沿いで昼食がてら馬を休ませるため馬車は停止した。
馬車を降りる補助をしてくれた御者にお礼を言って、焚き火を起こそうと集まっている調査団のもとへと歩く。
明確な四季があるわけではないが、もう冬だ。温暖なアルディア国内とはいえ、休憩をとるならば火の傍がいいだろう。
内側のもこもことしたマントを羽織って近づくと、転生者パーティがこちらを見ているのに気づいた。
あざとく小首を傾げて視線を返す。味方は多いにこしたことはないのだ。
但しやり過ぎは禁物。数少ない女性であるカチアに敵認定されるわけにはいかない。
魔法でおこされた火を囲み、差し出されたあつい紅茶の香りに頬が緩む。
ありがとうございます、と受け取ると、そのぬくもりにおもわず目を細める。
「幼いとはいえ転生者ならば、周囲の警戒くらいしていただきたいものだな」
どうせ役には立たないのだろうけど、という雰囲気を隠すこともなく、タリムがこちらを見て言い放つ。
「いや、それは護衛の俺達の役目ですから」
転生者パーティが援護に回ってくれた。ありがたい。
「お姫様はゆっくりしてな」
「お役に立てず申し訳ございません。
私にできることがあったらお申し付けくださいね」
私に嫌味を言ってくるくらいなら別に気にはしないが・・・
レイやヴォイドに矛先が向くのは嫌だなあ、そうなる前になんとかしないと。
とはいえ自分の力を見せつけたところでいらぬ反感を買いそうだし。
はぁ、相変わらず人付き合いっていうのは難しくて、面倒くさい。
私は心の中で愚痴りながら、短い休憩を満喫するのだった。




