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特訓を開始しておよそ半年。
あれから何度かの座学を経て、ジルは火の魔法を使えるようになっていた。
風の魔法については、世界が丸いとか回転しているということが理解できず、習得には至っていない。実際この世界は丸くもなければ自転もしていないだろうし、当然といえば当然なのだが。
私が使う”加速”もまた、時間というものを意識していないせいか伝わらなかった。そもそも早くなったから何がいいんだ?という疑問を返されると、今度は速度とかエネルギーとか、違う方向に話が飛んでしまい、これまた断念せざるを得なかった。
重力については、その概念はあっさりと理解された。木の上から果実が落ちるのは、大地に引っ張られているから、と完全に受け売りな説明だったのだが。
とはいえ、それで魔法として重力を扱えるかというと別問題のようで、ジルが物の重さや自身の重さ、あるいは他者の重さを操ることはできず、空高くジャンプするという私の技を盗まれることはなかった。
この半年ひたすらに訓練ばかりしていて、なんとなく自分はそれなりに戦えるような気になってはいるが、よく考えたら仮にレイが狙われるとしたら、相手は同じ人間だ。
人間相手に、怪我をさせたり、ましてや命を奪う覚悟があるのかと問われれば、答えはノーだ。
訓練は積んでも、私には経験も覚悟も足りないのだ。
珍しく、ヴォイドが訓練を見に来ていた日。
私とジルに手合わせをしてみろというので、手に馴染んだ木剣を持って、もう何度目になるかわからない手合わせの準備をする。
向かい合って、一礼。
中段に剣を構え、腰を落とす。対するジルもまた同様に、足を開いて腰を落とし、軽く膝を曲げて剣を構える。
ジルに負けることはなくなったとはいえ、それは負けない、というだけのこと。
私はまだ、相手に剣を向けることはできても、その剣を振り下ろすときには躊躇してしまう。
けれど、今回はヴォイドが見ている。父であり、王である人が。
ここで実力を出せなければ、きっとレイの自由は勝ち取れない。
負けないのではない、勝たなくてはいけない。
お互い、手は知り尽くしている。
いつもならばジルが踏み込んできて、私が躱す。
今日は、先手必勝!
一息吐き出すと、低い姿勢のまま私は駆けた。まだ加速はしない。
身体能力だけで剣の間合いまで走り込むと、ジルの左脇腹に剣を横薙ぎにする・・・と見せかけて、踏み込んだ左足で地面を砕き、礫にする。
下から舞い上がる無数の細かな石礫は、同時に地面から上へと起こした風に舞い上がり、ジルの視界を塞ぐ。
その隙に一度距離を取り、再度の攻め。今度こそジルの左肩を狙って、木剣を振るう。
視界の端に、ジルが私の剣の動きに合わせて、木剣で受けるべく腕を上げたのが見える。
・・・それでも、当てる。ここで、”加速”!
木剣を合わせてきていたジルの剣が上がるよりも早く、私の振り下ろした剣がジルの肩を打った。
速度を増した私の剣の威力に、ジルはうめき声をあげて体勢を崩す。
すかさず、よろめいたジルの首元に木剣を添える。
「参った。
・・・いつもは手加減してもらってたんだなぁ」
「いえ、お兄様を・・・人を傷つけるのが怖かっただけです」
木剣を下ろすと、今になって恐怖がやってきたかのように、背筋に悪寒が走る。
「今も、やっぱり怖いです。
でも、レイのために、私は強くならないと」
そう、強くなって、レイを守らないといけない。自分の身を守らなければいけない。
そう思うと、恐怖が少し和らいだ。
きっとこれが、覚悟というやつなのだ。
「お父様、私は合格でしょうか?」
問う声音は、自分で思ったよりも緊張していた。
「及第点、というところか。
少し安心したよ。魔法の力だけでなく、きちんと技術も磨いていたようだな」
そう言って微笑むヴォイドの顔は、試合を見つめていた厳格な王の顔ではなく、慈愛に満ちた父の顔だった。
「だが、合格だからこそ・・・
ティエラとレイどのに、頼みたいことがある」
一転して再び王の顔に戻ったヴォイドは、本当に苦虫を噛みつぶしたような顔で続けた。
「世界の果てに調査にいかねばならない。
レイどのの意見を聞きたい、同行してもらうぞ」
それはつまり、レイと一緒に外に出てもいいということで、レイが外で話をしてもいいということで、つまり、つまり・・・
私にとっては最善の結果だ!
「はい!」
喜ぶ私と対象的に、苦い顔をしたままの父王。
その表情の理由を、私はまだ知らなかった。




