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第六話【日本語読みはおとめちからである】


 美麗装飾。

 それは、女性の美しさを乙女力と呼ばれる特殊なエネルギーに変換し、その有り余る力を制御可能とする兵器、正式名称は『乙女力出力制御装置』である。

 そしてその適合者は現在、中位の個体ですら弾道ミサイルでも効果が薄い月光獣に対して、唯一有効打とも言える攻撃をすることが可能であり、それは百年以上が経過した現在においても変わることがない。

 何よりも、その戦闘力は現代においてもあらゆる兵器群を凌駕した性能を有していた。

 劣勢に追い込まれた戦場に現れた最初の適合者は、投入された核弾頭ですら表面を焼くことすらできなかった大型月光獣を一撃で貫いたと言われている。無論、火力だけではなく、戦闘機を凌ぐ速度を出しながら、物理法則を無視して縦横無尽に飛行することが可能な者、戦車を紙屑のように薙ぎ払う月光獣の一撃を平然と受け止める守備力を誇る者等、その能力はいずれも当時の現行兵器を遥かに凌駕しており、それは現在でも変わりない。

 当然、そうした存在はごく一部の優秀な絢爛美姫のみだが、それでも美麗装飾を初めて纏っただけの少女ですら、総合的能力で戦車一台に匹敵する。月光獣への有効打が無いとしても、その戦闘力は破格の一言だ。

 兵士一人の鍛錬と兵器製造を行うコストよりも安価でありながら、戦車と同等の戦力を即座に投入することも可能。そして美麗装飾の個数も、候補も含めた絢爛美姫全員に配布しても問題ない数が製造されている。今後、絢爛美姫がさらに増えたとしても、製造が追いつかないという事態にはならないだろう。

 そんな代物が人類の天敵である月光獣への唯一の対抗策であるのだから、産まれた経緯、月光獣の登場に合わせて現れたとしか思えないご都合的な展開に対して目を瞑って有り余る魅力的な存在なのだ。

 しかし、まさに兵器として完全無欠なものでありながら、美麗装飾には唯一にして絶対なる欠点が存在した。

 それは、美麗装飾を起動するには美しい女性以外に不可能であるという点だった。

 何故、美女、美少女と呼ばれる者達でなければ起動できないのかは現在でも不明である。しかしありとあらゆる実験の結果、国ごとの美女、美少女と呼ばれる存在だけが適合者たりえるという答えしか分からなかった。

 しかもその美しさは整形手術や化粧等によって得られた物では起動は行えず、生まれ持った美しさが一定の基準を満たして初めて、美麗装飾を起動することが可能なのだ。

 そしてその解答がもたらした問題こそ、女尊男卑、より正確には美女とその他の圧倒的な格差という社会問題だ。月光獣による一方的な蹂躙劇による男性人口の減少もそれに拍車をかけていた。

 一方では世界の危機を救った英雄として。

 一方では世界中の国家のバランスを崩壊させた危険分子として。

 そして現在、最強の盾と矛の性質を秘めた美麗装飾、それを纏った美しき乙女達を指して――。


 人々は彼女達を『絢爛美姫(プリマ・ヒロイン)』と、畏怖と羨望を込めて呼んだ。



「以上が簡単に纏めたけど美麗装飾と絢爛美姫っていう名称についての説明だよ。ハルちゃん的には質問とかある?」


「もっと短くすると?」


「綺麗な女の子が超強い! ハルちゃん可愛いから強い! なでなでぇ!」


「オッケー、よくわかった。俺に近づくなよクソビッチ」


「うわぁぁぁぁん! でも諦めない私!」


「くたばれユルケツ」


 手元のノートに『つまりアニキと姉ちゃんがサイキョー!』と書きなぐったところで、ハルは凝り固まった体をほぐすように伸びをした。ついでに頭を撫でてこようとにじりよってきたナナエの頭にチョップを入れて制止。

 その様子を呆れた風に見ていたトモカにハルは乾いた笑みを向けた。


「んで、俺ぁアレか。よくわからんけどテキゴーしたってことだな」


「実際なんでハルっちが適合したのかについては、出回ってる情報を信じるなら不明らしいけどね。というかネットとかじゃ絶対に男じゃなくて女だろって意見が大半だよ」


 携帯端末で開いたネットの様々な呟きを見ながらトモカは答える。そのいずれもが、ここ十年で絢爛美姫の質が落ちてきたとされる大和が、再びトップに返り咲こうとして嘯いたのではないかというものであった。他には、近年問題視されている女尊男卑問題の溜飲を下げるためとも言われている。

 中には『男とか萌えるだけだろ!』『ヤッター! 男の娘ヤッター!』『男だからいいんだろ⁉』『可愛い(可愛い)』みたいな特殊な性癖を発揮するネットの書き込みも存在するが、それをあえて教える程トモカは非道な人間ではなかった。

 だが特殊な性癖の者達ではないけれど、トモカから見てもハルが男か女かというのは些細な問題だと思う。あの土下座外交とも言えるナナエの自爆より数日、友人となって話し始めれば、口は悪いものの決して悪い人間ではないことがよくわかったのは自分だけではなく、クラスの全員が理解した。そして当の本人であるハルは、一度友人だと認めると、態度は変わらないが優しくなるという不思議な人柄の少年でもあった。

 つまりツンデレだ。トモカは一人納得しながら、色々と書いてあるノートと睨めっこするハルの肩を軽く叩いた。


「まっ、それはともかく、絢爛美姫としてもう一つ知っておかなきゃならない知識があるんだけど、聞く?」


「ゴキゲンだなトモカ。そんな言い方されて聞きたくないってダダはこねねぇよ」


「そうでなきゃ」


 ピッっと人差し指を立てたトモカは、教師にでもなりきったかのようにないはずの眼鏡の縁を持ち上げる仕草まで付け加える。


「ここまでで絢爛美姫がどんな存在なのか分かったかと思うけど、実は絢爛美姫の本質は着装よりもう一歩進んだところにあるの。……それが、一定の能力を有する乙女にのみ展開出来る武装、乙女装甲(ニーベルング)』ってやつよ」


「にーべ……げり? なんだそのゲザイで溶かしたクソみてぇなのは」


「何その最低な武器……じゃなくて、ところがどっこい、この乙女装甲を展開出来る絢爛美姫と、展開出来ない絢爛美姫とでは、単純に比較してもその戦力に十倍以上の開きがあるって言われてるのさ」


「テンカイ? 着るんじゃねぇの?」


「違うんだなこれが。ふりふりのドレスじゃなくて……うーん、何と言うか、ワンオフの武器というか、一説だと心の鋼を武装とするって言われてるというか」


「なんつーかヨウリョーをえねぇ言いぐさだな」


「それは面目ないってね。まぁ原理はともかく、一流の絢爛美姫だけが使える凄い武器ってイメージかな? ほら、有名どころだとテレビにもよく出てる九条院キサラ先輩、ウチの学院の三年生のさ」


「クジョーイン? 知らねぇよそんなヤツ」


 興味なさげに呟きながら、しかしハルはノートにしっかりとトモカの発言を書き記していく。


「なんであれ……つまり、その乙女装甲ってやつを使えたら強いってことでいいわけか?」


「まぁね。だけど、この乙女装甲は簡単に使えるものじゃなくて……」


「その続きは、私が話すことにしよう」


 少女達の喧騒は柔らかくも鋭い一言を放った美女、ササミによって鎮まった。


「というより、そのための実地訓練なんだけど……貴女達、いつの間にかそんなに仲良くなったのかしら?」


 自分に集まる視線を見渡して、その中心に座って自習に励むハルにササミは困ったような、だが嬉しそうな笑みを見せる。

 ハルを中心にしてI組の生徒が団欒している姿は微笑ましい。最初はどうなるかと思っていたが、こうして仲良くしているところを見ると、どうやら何かを切っ掛けに良い方向に進んだみたいだ。

 そんなことを思いながら、ササミは咳払い一つすると「ほら皆、席に着きなさーい」と手を叩いて生徒達に促す。

 そして全員が座ったのを確認してから、ササミは改めてトモカの解説を引き継いで語りだした。


「円城の言う通り、乙女装甲というのは絢爛美姫の象徴たる主兵装よ。だけど、今年から訓練を始めた貴女達は当然として、熟練の絢爛美姫ですら乙女装甲を出来ない者は大勢存在するわ」


「それはあれか、テキゴーリツってナニがねぇとアレできねぇからか?」


 意外にも律儀に手を挙げて質問してきたハルにササミは苦笑混じりに頷きを一つ返す。


「抽象的言い方過ぎだけど、大まかには正解よハル。最高ランクのA+(プラス)から最低ランクのH-(マイナス)まであるランクで、乙女装甲を展開出来るランクはおおよそCランクから。それですら最短で数か月、遅いと数年以上かかるとされているわ」


「へぇ……だけどよ、使えねぇヤツぁどいつもこいつも拳でクソ共とタイマンをキメんのか? まぁ俺ぁ気にしねぇが、タイテーは拳でやるのはビビるんじゃねぇの?」


「いい質問ね。確かにこれでは乙女装甲を使えない者は全員、素手に乙女力を纏って戦う以外の選択肢がないわ。だから絢爛美姫が現れた当初はオリジナルと呼ばれる最初の絢爛美姫の誰もが乙女装甲を使えたから問題にはされなかったけど、美麗装飾が世界中に広まってから、乙女装甲を使えない者達のための武装の開発が急がれたの」


 ハルの言葉通り、素手で月光獣という気味の悪い怪物と戦うのは精神面にも負担がかかる。だがこの問題は問題として浮かび上がった直後に解決されることとなった。


「じゃあ、その説明と実際の訓練も兼ねて……これから訓練場に行くわよ皆」


 これまで入学してから着装訓練しかしてこなかった少女達がササミの言葉に浮足立つ。

 そしてハルも同じく、あの日、ササミに手渡されたまま譲り受けた美麗装飾を嵌められた指を見下ろし、あふれ出す高揚感を抑え込むような薄い笑みを浮かべるのであった。






 大和学園都市群にある学園はいずれも一風変わった校風で、似たような学園は存在しないと言われているが、唯一の共通点として、大小はあるものの戦闘訓練用の施設が必ず一つ以上常設されていることが挙げられる。

 美麗装飾にも使われている『呼吸する(ミスリル)』と呼ばれる乙女力を吸収して強度を増す金属で作られたこの施設は、訓練用でありながら緊急時には簡易的な拠点としての機能も持つ優れものだ。

 絢爛美姫の卵ですら、戦車一台分の戦力を秘めている世界だ。訓練をするにしても、相応の場所があるのは至極当然であり、特に夕凪学園は学園トップの実力者を輩出する学園として、巨大な敷地に無数の訓練施設を有している。

 そして今回ハル達が使用することになった訓練場は、学校の体育館とほぼ同じサイズだった。これでも夕凪学園の有する施設の中では下から数えたほうが早いのだから驚きであると、初めて訓練場を訪れた少女達は嬉しそうに騒いでいた。


「しかし変な感触だよな」


 ハルはクラスメート達がしているのと同じく、踏み締めた床の不思議な感触に首を傾げた。

 見た目は白く塗装した金属のようであり、実際の感覚も鋼鉄に相応しい硬さだ。だが力を込めて踏み締めると、感触は木のような弾力となり、勢いよく踏み抜くと、衝撃を吸収するように軽く弾んだ。


「それが貴女達の使う美麗装飾にも使われている『呼吸する(ミスリル)』の特性よ。私も原理は詳しく知らないけど、この金属は乙女力の物理法則改変を受けやすい金属なの。この特性を生かして柔らかくなったり硬くなったり、あるいは質量そのものを増やしたりってことが出来るのよ。そして訓練場の場合は、通常は金属の硬さを有しながら、衝撃に対しては柔らかくなることで威力を分散させる仕組みになっているわけ」


「よくわかんねぇけど、すげぇってことだな」


「これに関してはその認識でいいわ。実際、これの加工をしている技術者も詳しいことは分かっていないのよ。採掘、加工、運用、ここまで出来ながら、何故乙女力に反応するのかという根本の原理は不明。乙女力と同じ、完全なブラックボックスってことね」


 ササミは何度も足踏みを繰り返すハルに苦笑した。事実、ササミも呼吸する鉄も含めた美麗装飾の構造については詳しく知らない。今言った言葉も、機密を守るためというわけではなく、彼女も含めたベテランの絢爛美姫ですら詳細は知らないのだ。

 そもそも、呼吸する鉄以外にも明らかにされていない謎は無数に存在するのだが――そこまで考えて、ササミは脱線しそうな思考を、頭を振って放り捨てて授業に改めて集中した。


「さっ、それより時間も無いから着装訓練を始めるわよ」


 ササミに促されて少女達がそれぞれの美麗装飾を意識する。ネックレス、指輪、イヤリング、腕輪等、一見すればファッションの一部にしか見えないそれらこそ、美麗を強さへと象る人類の最終兵器、美麗装飾。


「準備が出来たら各自着装を開始」


 その号令の直後、一斉に『着装!』という可憐ながらも気合いの入った声が響いた。

 直後、至る所で乙女力の発する閃光が放たれる。その眩さに僅かササミが目を細めると、収束した乙女力の中から、まだまだ初々しさの残る絢爛美姫の卵たちが現れた。

 着ているのはハルが初着装時に着ていた服と殆ど遜色がない。これは美麗装飾に登録されている一般的な戦闘装束であり、大体の少女達はこの状態を基本としている。とはいえイメージによってある程度デザインを変えることも可能で、色や細かなデザインの違いがI組の少女達の戦闘装束にも表れていた。

 思った通りの光景にササミも特に言うことは無い。一部の絢爛美姫はデザインを完全に変えてしまう者もいるが、今年より絢爛美姫となった彼女達にそこまでを望むのは――。

 一通り見渡したところで、ササミの視線が一か所で停止した。


「うわぁ……」


 うわぁ、である。思わず出てしまった言葉を誰が非難できようか。


「おっし! 気合い入ったぜ!」


 そんなササミの呆れたような視線に気づかず、ハルは着装を終えて力強く掌に拳を打ちつけた。

 黒のタンクトップにハーフデニム。しかも足に至っては完全に生足丸出しだ。I組という初心者集団の中でさらに初心者であるはずのハルが、既に完全なデザイン変更を終えていることへの驚きはある。おそらくは研究目的で軟禁されていた時に完成させたのだろうが、それでも既にそこまで美麗装飾を使いこなしているとは素晴らしいとすら思う。

 しかし、だ。

 それでも、その服はどうなんだろうか。

 勝気な表情も相まって、今はごく少数しかいない男のチンピラそのもの。というかちょっとダボついたタンクトップから微妙なチラリズム。隣で鼻息荒くしてガン見しているナナエを必死にトモカが羽交い絞めにしているのが担当教師として情けない。「見た! 聞いた! 後は触れるだけぇぇぇ!」落ち着け変態(ナナエ)


「あー……ハル? 確かに貴方は男の子だけど、ちょっとそれは刺激的すぎないかしら?」


 傍で騒いでいる変態はさておき、ハルの装束は、これでは動くだけでタンクトップの下が覗き放題になってしまう。別に男だから問題ないとは思うが、いやはやしかし相手は男のくせして絶世の美少女、いやでも男だし。どうしたものかと思考の袋小路に嵌まり、ナナエが頭を悩ませているのも知らず、ハルは無邪気な笑みで自分の胸を軽く叩いた。


「へへへ、そりゃアニキのイッチョーラをイメージしたからよ、シゲキテキなのもトーゼンってもんさ」


「あー、うん。……そうね」


 ササミの言葉を血の香りがするとでも解釈したのだろう。それを喜ぶのもどうかと思うが、もうツッコムのも疲れたササミはそれでいいやと納得した。第一相手は男の子、女である自分では根本的に考えが分からないものかもしれない。うん。そういうことでいい。


「全員無事に着装が済んだことだし……それじゃ今日は簡単な動作チェックから始めるわよ。各自で好きに歩いたり走ったりしなさい」


「はーい!」


「わーい! ねぇねぇ、早く鬼ごっこやろうよ!」


「子どもかよ……って言いたいけど、絢爛美姫で鬼ごっこって楽しいんだよね」


「よぉし、じゃあまずはじゃんけんから……」


「ちょっと! 勢い凄いと風圧来るから止めてよ⁉」


「ぎゃー!」


「早速コムギちゃんが壁に激突した⁉」


「きゃー⁉」


「しかも壁に弾かれた勢いでそのまま巻き込み事故! ってこっち来たぁ⁉」


「コムギちゃん止まって! 止ま……止まれぇ!」


 早速このあり様である。乙女力の出力を制御しきれずに暴走、転倒、その他事故は当然だ。だが子どもが怪我をしながら危険を覚えるように、ナナエの教育方針は基本的に体に覚えこませることにある。そういう意味では、無難に準備体操をしている者達よりも、ハデに転んだりぶつかったりしている者のほうが好ましく感じていた。

 とりあえず暫くは様子見でいいだろう。ナナエも着装状態で後方に飛んで距離を置くと、幼稚園児のように騒ぐ少女達の姿を優しく見守るのであった。



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