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第四話【噂のあの子が可愛くて】


 夕凪学園高等部1年I組は、高等部からの編入組に設けられた枠である。故に他の組と違って絢爛美姫としても初心者であるI組の生徒達は、夕凪学園に置いては下位ヒエラルキーに位置する。これは単純に、彼女達が高等部より編入されたために、未だ絢爛美姫として未熟なためだ。

 家庭の事情から適性があったのに入学できなかった者、適性をクリアしたが入学を辞退した者、未だ不安定な大和の土地で適性審査を受けられずにいた者、あるいは何かしらの問題を起こした者等がI組の生徒達である。そのため、他のクラスからは蔑まれるか眼中にすら入っていない組だったのだが、現在、夕凪学園はおろか、世界中でこのI組は最も注目されているクラスとなっていた。

 学校どころか世界中からの注目を集めている原因こそ早森ハル。世界初の男性絢爛美姫にして、適性検査では最高ランクのA+を叩きだした期待の新星だ。


(……怖いなぁ)


 そんな注目の的の隣の席に座っている少女、(はな)(まき)ナナエは大股開きで椅子の背にもたれるハルを横目にして、息を顰めるように身を縮めた。

 彼女も立ち位置としてはハルと同じく、適性検査を受けられない場所から見出された美少女の一人である。当然ながらその容姿は整っており、美しいというよりは愛嬌のある顔立ちと、男性の欲望を駆り立てるような肉感的な体つきという、幼さと妖艶さを併せ持った美少女だ。彼女の容姿も普通ならば地域一番の美少女と言われる程であるが、残念ながらこの大和学園都市群では他より少しだけ目立つと言った程度でしかない。


(うー……ただでさえ有名人の隣ってだけでも緊張するのに、こんなに怖そうな人だなんて最悪だよぉ)


 そして、見た目と同じく気弱な性格であるナナエは、見た目は可愛いのに態度や素行そのものがヤンキーそのものであるハルに勝手に怯えていた。それは隣の席だというのに、朝のホームルーム後に始まったハルへの質問攻めに一切関わらなかったことからも明白である。

 むしろ、ハルがいつ堪忍袋の緒を切断して暴れ、そのとばっちりを食うか戦々恐々していたくらいだった。


(……でも、意外と授業は真面目に受けて……いや、あれはそういうのじゃないよね)


 気付かれないようにちらりとハルの横顔を伺えば、一般人ですら感じられる程の殺気を滲ませた鬼気迫る表情を浮かべ、映像を空間に投影する携帯端末を使わず、紙のノートに鉛筆で授業内容を書き写している。田舎者ですら小型の携帯端末を使う時代に対してあまりにも前時代的で驚いたものだ。だがそもそも絶世の美少女にしか見えないハルが男であることや、性格がヤンキーそのものであったりすることに比べれば些細なことであった。

 ようするに慣れである。尤も、ハルの美貌といまどき田舎にも居ないヤンキーの態度は未だに慣れないが。


「はぁ……」


 無意識に漏れ出した溜息は、ナナエの心労を如実に物語っていた。

 ともかく疲れていた。そもそも田舎で畑を弄っていた生粋の田舎娘であるナナエは、友人に騙される形で受けた適性審査で適性ありと認められ、父と母に都会を知るいい機会だと説得されて来ただけである。大した志もなく、卒業後はさっさと田舎に帰ろう程度にしか考えていなかったのに、何故か世界で一人しかいない美少女、いや、美男子の隣の席に座っているのが何かの間違いなのだ。


(おうちに帰りたいなぁ……)


 窓の外、蒼穹に広がる空を辿った先では、いつも通りに両親が畑を弄っているはずだ。

 あぁ、懐かしき土の匂い。むしろ今なら土を舐めることすら喜ぶくらいの心意気が――。


「あ……」


 その時、顔を歪めながらノートを書いていたハルの肘が、机に置いてあった消しゴムを弾いて床に落としてしまったのにナナエは気付いた。

 ハルは気付いた様子も無く鉛筆を動かしている。鬼気迫る様子は勿論そのままだ。

 声を、かけようか。いや、でももし声をかけてあの物凄い形相で睨まれたら私絶対にお漏らしする。間違いない。この歳で涙と鼻水流しながらついでに股も濡らしたくはない。でも気付いたのに放っておくのも後味が悪いし、だけど余計なことをするなって言われたら私絶対に泣いちゃうし、でもでも気付いたのに放っておいたことに気付かれて怒られたらどうしようというか、


(あぁもう……!)


 悩んでいても仕方ない。ナナエは混乱した思考を振り払うと、落ちた消しゴムを拾ってハルの机にそっと置いた。


「あ、あの……」


「あ?」


「消し、ゴムが……ですね……落ち、て……みたいな?」


 鋭い眼光に喉が詰まる。美人の怒り顔は怖いとは良く言うが、ハル程の美人が凄味を聞かせた眼差しは人を石化させる力でもあるのか。

 などと余計な思考に逸れて現実逃避をし始めたナナエを訝し気に見たハルは、ナナエが机に置いた消しゴムに気付いて目を丸くした。


「……何だ、落ちてたのか?」


「あ、は、はい……」


 ガチガチに固まりながらも必死に口を動かして返事するナナエ。

 一体何をそんなに緊張しているというのか。ハルとしては普通に接しているつもりなので理由が分からず不思議だ。


「サンキュー。助かったぜ」


 だが、消しゴムを拾ってくれたのは事実だ。ハルはしかめっ面を淡い微笑みに変えると、素直に感謝を口にした。

 その時、ハルという華が咲いたとナナエは確信した。


「あ、ひ……はい」


「? よくわかんねぇけど、クラスメートなんだからケーゴなんて……ってやべ」


 緊張が一転して顔を赤らめて視線を逸らして俯いたナナエにそう告げると、ハルはこうしている間にも進み続ける授業内容を再びノートに必死の形相で写す作業に戻った。


(か、可愛い……! 今のすっごい可愛かった……!)


 だがナナエと言えば、不意にハルが見せた微笑みに、先程までとは違う思考の堝に陥っていたために、授業どころではなかった。

 転校してきてから、笑顔と言えば初日に見せたぎこちない笑顔だけである。それからはずっと常に不機嫌そうに眉を顰めているか、今そうしているように親を殺した敵でも睨むような形相で授業に取り組む表情ばかりであった。

 それがどうだ。あの愛くるしい笑顔だ。台風が過ぎた後の晴天のように、見る者を惹きつけて離さない笑顔。思わず視線を逸らすことで堪えたが、後一瞬でも遅れたら間違いなく抱き付いて撫でまわして頬ずりしてからおでこにチューしたよホントマジ。


(ずるすぎるよ! 早森君……ううん、ハルちゃん可愛すぎるよ!)


 これがA+ランクの適性を叩きだした歴代最高の美人(男)の力なのか! 自分とは文字通りに次元が違う美麗の結晶を魅せられたナナエは、そのまま暫く網膜に焼き付いたハルの笑顔を反芻し続けたのだったが、不意にその肩を軽く小突かれて我に帰った。


「何です……」


 折角の至福の時間を邪魔するのは一体誰だ⁉ ハルの笑顔で思考が馬鹿になったのか、授業中に呆けていた自分を棚に上げてナナエは横を向いて、再び思考を漂白させた。


「おいテメェ、指止まってんぞ」


 見れば、体を乗り出して自分の肩をゆするハルの顔がすぐ傍にあった。


「……あ」


 肌、綺麗な小麦色

 眼、大きくて吸い込まれそう。

 唇、瑞々しくて柔らかそう。

 頬、もちもち。

 髪の毛、超、さらさら。

 導き出される結論は――。


「か」


「か?」


 何だこいつとばかりに小首を傾げるハル。

 だがその小動物のような仕草によって、ナナエは自分の中にある、千切れたらいけない類の糸が千切れる音が鳴り響いたのを悟った。


「可愛すぎるよぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」


「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ⁉」」


 結論、めっちゃ抱きしめたい。

 というか、既に脊髄反射の勢いでハルを両手で抱き締めたナナエは、突然のことに驚愕するハルを含めたクラスメート等気にした様子も無かった。


「はぅぅぅぅぅ! 凄い! 可愛いよぅ! ハルちゃん可愛すぎるよぅ!」


「なんだボケェ! テメ、んが⁉ ムネ……! デカすぎて……! 息……!」


「よぉぉしよしよし! お姉ちゃんがギュッてしてあげるからね! いっぱいいっぱい抱き締めちゃうからね!」


「死……死ぬ……! パイ死とかジョーダンにも……」


 見た目とは裏腹に存在を高らかと主張する豊満な胸にハルを埋めて、その髪を撫でながら恍惚とした顔をするナナエ。だが抱き締められたほうとしては窒息寸前。手足をばたつかせて抵抗するが、可愛さにやられたナナエの暴走は止まることはない。


「あぁん! このままお持ち帰りを――」


「おい」


 言葉通りにハルを抱きしめたまま教室を飛び出そうとしたナナエは、背後からかけられた絶対零度の声に動きを止めた。


「貴様、今が何の時間か言ってみろ」


 ゆっくりと振り返る。


「あ、ひ……」


 そこに立っていたのは、湯だった頭を一瞬で凍結させる眼差しでナナエを見下ろすササミ。

「私の授業の時間にいきなり発情期ぶちかますなんてなぁ。丸くなったとは言われてきたが、その気にいらない態度に対して切れない緒は生憎と持ち合わせておらん」


「あ、あのですね……これは、ですね」


 しどろもどろになりながら、それでも胸元に抱きしめたハルを離さないあたり中々の筋金入りである。

 だが今となってはそれも火に油。内心、この状況でもハルを手放さない胆力に少しだけ感心するササミだったが、それとこれとは話は別であった。


「言い訳結構」


 胸の前でゴキゴキと指を鳴らすササミを見て、ナナエはこれから己の身に起こることを想像して、身震いした。


「少しばかり、お灸が必要だな……この馬鹿者がぁ!」


 怒声に合わせて鈍い音が二つと「んぎゃぁ!」「なんで俺まで⁉」という悲鳴が廊下にまで鳴り響くのであった。



「はぁぁぁぁぁあ……」


 夕暮れの帰り道。学生寮への帰路を辿るナナエの足は重かった。

 授業中に突如隣の席に座っていたハルを抱擁するという珍事は、ササミによる鉄拳制裁によってその場では解決したものの、それから放課後までの間、隣に座るハルを見ることすら出来ず、というか生きた心地すらナナエはしなかったものである。

 何せ、完全に自分のせいでとばっちりを食らったのはハルだ。あれから一言として言葉を交わしていないが、隣から(勝手に)感じる殺気とも呼べるオーラにナナエの心労は積み重なっていた。


「わぉ! すっごい溜息だねナナエ」


「だってさぁ……はぁぁぁぁぁぁ……」


「まっ、あんなことやらかしたんだから気持ちは分からんでもないけどさ」


 その時のナナエの姿を思い出して、隣を歩いていた友人である(えん)(じょう)トモカは笑みを堪え切れずに噴き出した。

 ナナエが春の陽気の如き暖かな美少女なのに対して、トモカは夏の日差しを彷彿とさせる明朗快活な美少女だ。ナナエよりも頭一つ以上高い背丈だが、肉感的なナナエと違って全体的に細くてスレンダーだ。しかし、健康的で野性を感じさせるその見た目は、ナナエとは違った魅力が滲み出ていた。


「でもまさかナナエがあんなことをするなんてねぇ」


 悪戯っぽく笑うトモカの言葉が皮肉に聞こえたのだろう。ナナエは己を恥じ入るように身を竦めて頭を抱えた。


「お、終わりだよ。私のイメージ諸々が終わりだよぅ」


「そこでまだ自分のイメージを気にすることが出来るなら、まだまだ余裕そうに見えるけどなぁ……」


「そうだよ! どのみちこのままじゃハルちゃんにボッコボコだよ!」


「あ、こりゃアタシの話聞いてないね」


「おしまいだ! 諸々がおしまいだ! 多角的にね!」


 そう叫んで「きっと放課後に学校裏に呼び出されて、『ぐへへ、今日はよくもやってくれたなアバズレめ、お返しに素敵なプレゼントだぜぇ』とかなんとか言ってボッコボコだよぉ」などと顔を青ざめさせる。


「やっぱ余裕あるじゃん」


 あるいは混乱しすぎて冷静な思考をする余裕もないのか。

 どっちにしても転校初日にしていきなり抱き付かれたハルのナナエに対する評価は最悪だろう。そう他人事のように考えているトモカに、ナナエはすがるような視線を送った。


「私どうしたらいいのかなぁトモちゃん」


「荷物を纏めて今すぐ逃げるってのはどうかなぁ」


「それって根本的な解決にならないよね⁉」


「じゃあいっそあっちに責任転嫁とか? 君が可愛すぎるのがいけないんだぁ! とか言ってもう一度抱き付くのさ!」


「なるほど……って駄目だよ! 状況の悪化だよ! 解決どころか間違いなく招いちゃうね! やばいやつ!」


 一瞬だけだが、その案はありかもとか思ったナナエのハルへの入れ込みは重傷だろう。

 だが、トモカはそれも無理ないかと納得した。というか、ハルの姿を見てそう思わない人間は美的感覚が一般人とは違う方向に向いてるとしか思えない。


「でもさ。ナナエが抱き付いちゃうのも仕方ないって。だってハルっちの笑顔に我慢できなかったんでしょ? 私もそれは我慢できないかもねぇ」


 冗談染みた口調で呟きながら、事実、トモカもナナエと同じ立場ならきっとやらかした確信があった。

 初めて現れたその瞬間、事前にテレビやネットなどでその姿を見ていたにも関わらず、クラスの全員がハルの美しさに飲まれてしまった。正直、少しばかり心にあった『自分は絢爛美姫に選ばれる程の美少女なんだ』という自尊心は完全に砕かれ、隔絶した美しさに嫉妬心すら沸かなかった程である。


「あぁいう子こそ、絢爛美姫って呼ばれる子なんだからさ」


「そうだねぇ……」


 だが、男だ。

 その事実に二人同時に至って苦笑する。


「あれで男の子って反則だよ」


「だよねぇ。しかもヤンキーだよヤンキー。アタシ、漫画以外で初めて見ちゃった。あんな男の子がまだ居るなんて驚きよ」


「いやでも実は女の子っていう線も」


「アタシもそっちの線を疑ってるよ。ていうかそうじゃないとおかしいよさ。あんな女らしい勝気な(・・・・・・・・)なんて今時の男とは思えないよ」


 男の不良という存在などこの世にどの程度存在するだろうか。絢爛美姫が世に出て既に一世紀。百年という月日は、既に男という存在から男らしさ(・・・・)という牙を、女から見れば薄っぺらな虚栄心を剥がすには充分な時間だった。

 確かに美女、美少女が望まれる現代では、俗に言うイケメン等は女性よりもてはやされるものの、現代におけるイケメンとは線が細く儚げな存在で、スポーツで活躍している男性などはあまり好まれなくなっていた。第一、身体能力が如何に優れていようとも、絢爛美姫に成りたての少女の足元にすら及ばないのだから。

 最早、男は女を守る存在ではなく、女によって守られるのが常識なのだ。そう言った世界で、ハルのような粗暴でガサツなヤンキー的なといった存在は、絶滅危惧種と言っても過言ではない。


「だから余計に明日が辛いんだよぉ」


「……たはは」


 再度、肩を落として暗い雰囲気を纏うナナエに掛ける言葉が見つからず、誤魔化すようにトモカは小さく笑った。

 だがナナエ程ではないにしろ、それはトモカも含めたクラスメート一同が共通して抱いている問題であった。

 隣の席であるナナエはおろか、敵意をむき出しにするようにして授業を受けていたハルの雰囲気に飲まれて、誰もが授業に集中しきれていなかった。実際に、ナナエの暴走によってナナエとハルが共に廊下で反省の意味を込めて立たされた時、安堵の溜息が幾つか教室内に漏れたのを聞いている。

 絶世の美少女が苛立っているのは、それだけでプレッシャーなのだ。

 他にも、これまで夕凪学園の余所者が寄り集まっただけでしかないI組の生徒達は、ハルの転入によって他クラスの視線にさらされていることも重荷となっていた。


「明日からも大変だろうねぇ。あー、めんどくさ」


 トモカも含めて、I組の面々は絢爛美姫としての自覚に乏しい者ばかりだ。夕凪学園、いや、大和学園都市の上層部が何を思ったのかは知らないが、はっきり言っていい迷惑だとトモカは思っていた。


「……ごはん食べよう」


「さんせー」


 陰鬱な思いを抱きながらも、気付けば二人が暮らしている学生寮まで到着していた。

 Aクラスの生徒に与えられる高層ビルの如きマンションとは違って、三階建てのボロボロのアパートである。当然ながら一人部屋ではなく相部屋だ。


「何かこう、ドッと疲れちゃったね」


「心の疲れってやつだね。アタシとしてはもっとこう気楽に生きていたいものなんだけど」


「あはは、本当だよね」


 自宅に戻れたという気の緩みからか、柔らかくなった表情で二人は言葉を交わす。


「でもまぁアレだよね」


「何だい?」


「確かにいきなり抱き付いた私も悪かったけど、トモちゃんの言う通りやっぱりあんな可愛い早森君にも責任はあると私は思うわけよ」


「おっ、言うねぇ」


 同意を得たナナエは「当然、だって可愛いは罪だよ?」などとだんだん調子に乗り始めていた。


「まぁでもナナエ、それを言うならアタシ達だって絢爛美姫に選ばれたわけだしさ、罪深き女ってやつになるんじゃない?」


「何を言ってるの! ハルちゃんと比べたら私達なんて生ゴミみたいなもんだね! 常識的にさ!」


「それはそれで罪深くね? つーかさり気にアタシもディスったよね?」


「あー! ハルちゃんのバカヤロー!」


「聞いてねぇわこの子」


 だが、元気になってくれたのなら一安心だ。例えそれがやけっぱちなものであったとしても、ナナエに活力が戻ってきたことにトモカは内心で安堵しつつ愚痴を聞いている間に、I組の生徒達が全員寝泊りしている寮へと帰ってきたのであった。

 いずれ行われる月光獣との戦いは、基本的にクラス単位で当たることが多い。そのため、こうしてクラス毎に交流できるように共同生活をさせているのだ。クラスによってはそのせいで逆にクラス内で派閥が出来るなどの問題も発生していたりするが、今年度より美麗装飾に触れることとなった生徒ばかりで構成されているI組の仲は概ね良好だ。


「私のポテチ食べたの誰⁉」


「今日はハンバーグだってー」


「あー、寮のご飯美味しいから太る」


「太ったらササミ先生のありがたいダイエットコースが待ってるよ」


「う……それでも今日もお代わりしたい……!」


「まぁ気持ちは分かるけどさぁ」


「ねぇ誰か私のポテチ! コンソメのポテチ!」


「コムギちゃんがコンソメ味持ってたよ」


「コムギぃ!」


「早くご飯食べたいなー」


「あ! コムギちゃんが窓から逃げたよ!」


「コムギぃ!」


 玄関の傍にあるクラスメートの憩いの場となっている食堂は今日も賑やかだ。いつもならそこに混じって会話に花を咲かせるところだったが、今日のナナエは今すぐに部屋に戻って布団にくるまりたかった。


「まっ、気を落とさないで明日会った時に謝りなよ」


 トモカもそんなナナエの心情を察したのだろう。それ以上は何も言わずに騒がしい食堂へと向かっていった。


「……部屋に戻ろ」


 今はそっとしてくれるトモカの気遣いが心に染みる。友人の優しさに内心で感謝しながら、ナナエは重い足取りで自室へと帰った。

 ともかくもう疲れた。部屋に入ると同時に鞄を放り捨てて制服をパパッと脱ぐ。シャツ一枚だけのあられもない姿だが、女所帯の寮生活では気にすることではない。


「……あー」


 このまま何も考えずに布団にダイブしたい。

 だが春先とはいえだいぶ暖かくなってきたこの頃、流した汗の不快感を抱いたままなのも嫌である。

 せめてシャワーくらいは浴びよう。

 そう考えて、ナナエはタオルだけを手に脱衣所への扉を開き――。


「……え?」


 その瞬間、思考が完全に消し飛んだ。

 ナナエの視線の先、そこに立っていたのは全裸の女神の後ろ姿だった。無駄な贅肉など一切ない小麦色の肌の体には、当然ながら傷も染みも一切存在しない。全身の何処を見ても見惚れる美しさだったが、特に足先から臀部までのなだらかながらしっかりと肉感が感じられるラインに思わずナナエは息を飲んだ。次いで、タオルで髪を纏めたことで覗いたうなじの色香に目を奪われる。


「あ?」


 そこでようやくナナエに気付いたのか、怪訝な表情で振り返った女神に、思考を失ったナナエの脳裏に雷鳴が轟いた。

 露わになった胸は、女性らしい膨らみは存在しない。だがそれがどうした。それがどうしたと声を大にして叫びたかった。最早、この領域に至って女性の象徴など無駄なのだとナナエは理解した。

 これはもう奇跡だ。

 ちっぱいって凄いんだって、そういう奇跡なんだ。

 おぉ神様、私、今目覚めちゃいました。おっぱいなんて只の飾りなんだって胸を張って言い切れます。

 というわけでこの美の結晶を私は見てもいいんですよね⁉

 感動に涙すら滲ませて、さらに意味不明な理屈で裸体鑑賞を続行したナナエの視線は、そのまま下へと向かっていき――。

 そこに、圧倒的な存在感を放つ『野獣』を見つけてしまった。


「き……」


「き?」


「きゃあああああああああああああああああ⁉」


 瞬間、ナナエの口から身を切るような悲痛な絶叫が放たれた。


「あばばば! あばばばばば! うわぁぁぁぁ!」


「ちょ、テメェいきなり現れて叫ぶなんざ……!」


「ひぇぇぇぇ! ナマモノ! ナマモノだぁぁ!」


「人の一等をナマモノほざくんじゃねぇ!」


「う、うぉぉぉ……うぉぉぉぉ……!」


「お、男泣き……⁉」


 もう、何が何だか分からない。というか、何故裸を見られた自分ではなく、勝手に人の部屋に入った相手が絶望しきっているのか。


「……ホント、シンザンモノにはきついぜ」


 そう呟いて、むせび泣くナナエを他所にいそいそと着替えだした女神こと早森ハルは、喧騒を聞きつけたトモカが来るまでの間、拳で解決できない難事を前に困惑するしかなかった。


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