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第二話【光り輝け男の子】


「……あ」


 ササミは微睡みの中でゆっくりと目を開いた。

 一体何があったのか。自分はどうして倒れているのか。霞む思考で一から全ての情報を引きずり出したササミは、最後にハルの背中を思い出して上半身を勢いよく起こした。


「ハル! ……ッ⁉」


「おい、まだ無理すんじゃねぇよ」


 無理に起き上がったせいか右足に走る鋭い痛みに顔を顰めると、その様子に呆れた素振りを見せたハルが肩を竦めていた。


「ハル。これは……」


「おう、やりきったぜ」


 遠足の感想を聞かれた子どものような笑顔を浮かべたハルの言葉を聞き、救助をし合っている人々の姿を見渡したところでササミはようやく安堵の溜息をついた。


「本当に、やったのか。……感謝する、早森ハル。君は私だけではなく……あー、ありがとね、ハル。貴女はこの場全ての人間の命の恩人よ、本当に、ありがとう」


 戦闘中の軍人のような口調から、生徒向けの気さくなお姉さん風な口調に変えたササミの感謝に、ハルは擽ったそうに鼻を擦ってみせた。


「よせやい。大したことじゃねぇよ」


「あら、それだとその大したことも出来なかった私の顔が丸つぶれね」


「ツブしとけツブしとけ。俺のアニキが言ってたぜ。面子なんかじゃ『ここ』は騙せねぇってな」


 そう言って胸を叩いたハルに、ササミも観念したのか微笑みながら頷いた。


「ふふ、魅力的な言葉ね。戒めの意味も込めて、『ここ』に刻んでおこうかしら」


「ケケッ、チョーシの良い女だぜ」


「あら、年下の言葉も受け止める女性は嫌いかしら?」


「いいや。好きだぜ、そういうの」


 冗談めかした言葉に、笑いながらも真っ直ぐに答えるハル。その無邪気で華やかな笑みで、ササミの胸が僅かに高鳴った。


「って危ない危ない」


 慌てて首を振って『相手は女の子相手は女の子』と念仏を唱えるように繰り返すササミ。

 そんなササミの様子を訝しんだハルだったが、ふと己の服装のことを思い出して、顔を仄かに赤くしているササミに詰め寄った。


「それよりテメェ! これはどうなってんだよオイ⁉」


「相手は女の子……って顔が近い!」


「んなことはいいからこいつ何とかしろよ! スースーして気持ち悪い!」


 スカートとセーラー服を握り締めて訴えかけるハルの形相は必死そのものだ。だがササミからすればどうしてハルが困惑しているのかが分からずに首を傾げるばかりである。

 だがすぐに自分が美麗装飾について説明していなかったことに気付いたササミは、申し訳なさそうに頬を掻きつつ、咳払いを一つした。


「コホン……えっとねハル。説明は省いたけど、貴女も美麗装飾と絢爛美姫は知っているわよね?」


「あ、あぁ……ってそれが――」


「話を聞いて。実は貴女に渡したあの指輪が、絢爛美姫を絢爛美姫足らしめる武装、美麗装飾なのよ」


「な……」


「勿論貴女程に可愛い子なら起動は問題ないとは思ってたけど、まさかあのレベルの乙女力を発揮して、しかもそのままモデル・リオンを倒すなんて――」


「なにぃぃぃぃぃぃぃぃ⁉」


 その悲鳴は、ササミの説明どころか周囲で動いていた人々の動きすらも止める程に強烈なものであった。

 あまりの大声に脳ごと揺らされたように視界が揺れるササミを他所に、ハルは次いで「ありえねぇ……」と己の胸元で開いた両手を見下ろして目を見開く。


「なんじゃそりゃ……ありえねぇ……いや、もしかしたらって姉ちゃんも言ってたが……マジか……いや、マジか……! マジなのか⁉」


 リオンを前にしても屈することも無かったハルが頭を抱えて失意に膝を折る姿というのは驚愕以外の何物でもなかったが、ササミも含めた誰もが何故ハルがそれ程までに絶望しているのか分からない。

 だがしかしその答えは単純明快。続いてハルが口走った一言にあった。


「俺ぁ男だぞ!」


 瞬間、誰もが口を開けて言葉を失った。

 男。

 今、男と言ったのか、この美少女は。


「そりゃ俺だってテメェでテメェのツラが男らしくねぇってのは分かっちゃいたが! それでも俺ぁ男だ! 男らしい男を目指す男なのにプリケツヒロインだって⁉ ジョーダンじゃねぇ! そんなのスジが通らねぇ!」


 暴露される真実が耳を超えて脳に伝わるが、情報の処理が追いつかずにハルを除いたすべての人間が固まったまま動かない。ちなみにプリケツではなくプリマだというツッコミをする余裕もなかった。

 だが、そんなことはどうだってよかった。

 何せ、男なのだと言う。

 口は悪いが、誰よりも美麗で可憐な完全無欠の美少女にしか見えないハルが、自分は男だと言う。

 抱きしめたくなる程に愛くるしく、触れることすら躊躇われる程に美しい。

 そんな美少女が、よりによって男?


「いや、それはないわ」


 そして、ハルの一人芝居を見ていた誰かが呟いたその言葉で、氷河に飲まれたかのごとく動かなかった人々の思考が氷解されていく。

 そう、それはおかしい。

 何せハルは誰が見ても美少女だ。

 口は悪いが、そんなことなどどうでもよくなるレベルの天使である。

 悲哀に歪む表情は胸が締め付けられる愛らしさ。

 左右に振られる頭に合わせて揺れるポニーテールは蛾を誘う光源が如き神秘。

 そこにセーラー服に黒のスパッツ(とても重要)のダブルコンボでフィニッシュ。

 三百六十度何処から見ても美少女で、美少女という生命体の完成系こそ早森ハル。

 そんな美少女が、よりにもよって男?


「ぶふっ……」


 初めに我慢できずに笑い出したのは、その姿を一番間近で見ていたササミであった。

 それを切っ掛けにするように、周囲に笑いが連鎖していく。月光獣との遭遇によってただでさえ混乱していた頭が、どいつもこいつもハルの爆弾発言によって不謹慎を怒るどころかむしろ笑えてくる状況になっていた。


「いや、男はねーわ」


「ないない、良くても若作りの美女とかでしょ」


「あー、巷で噂のロリババア」


「ロリババアとか! 笑える!」


 極限状態では些細な切っ掛けで負の方向に振り切れることもあれば、逆に爆笑状態になることもある。

 そして今回はどうやら冗談にしてももっと上手い冗談があったはずなのに意味不明なことを言ったハルの発言は、その場に漂っていた沈痛な空気を一気に爆笑の渦に巻き込んでしまったのだ。


「ギャハハハハハ! あのお姉ちゃんが男なわけねぇだろ!」


「というか仮に男だとしたら美麗装飾を纏えるわけないわよ!」


「そうだそうだ! もしも男に纏えるなら俺だって纏ってやる!」


「テメェはむさ苦しすぎて不可能だろハゲ野郎!」


「人の欠点をあげつらうなデブ野郎!」


「そんなことより男の娘って超萌えね?」


「可愛い服装で困ってるからってその冗談はちょっとねぇ?」


「うん。誰も信じないよねぇ?」


「ホント男の娘ヤバい」


「おいこの男の目つきやべぇぞ! 男ってことに興奮してやがる!」


 ――なんだ、これは。

 ハルは怒りよりも先に、爆笑する周囲の人間達のノリに付いて行けずに言葉を詰まらせた。

 なんだこれは、と言いたくなる。だがしかし、その空気の中心に居る自分が、誰からも男だと認識されておらず、むしろなんだかちょっと可哀想な子を見るような生暖かい眼差しで見られているのが――。


「ハル」


 ポンッ、と優しく肩を叩かれる。

 振り返れば、こちらもまた生暖かい眼差しで自分を見つめるササミが、優しく語り掛けてくれた。


「流石にそれはないわ」


 と言った瞬間、周囲を見渡して腹を抱えて笑い出した。

 核弾頭レベルの笑いの爆発である。

 一時的にだが誰もが笑い、呆れながらもやはり堪えられずに笑い出し、怪我人すらも口許に笑みを湛えて痛みに悶える始末。

 ――なんだ、これは。

 何度目になるか分からない心の呟きをしながら、ハルはようやく、己が男だと認識されていなかい事実に肩を震わせた。


「て、テメェら……!」


 しかし、怒りに震えながらも堪えることが出来たのは、そう思われるのに慣れているからということがあったからだった。

 認めよう。

 確かに自分は女顔である。それはハル自身も自覚していたし、昔は嫌いだったが今はむしろこれも自分の個性だと自覚している。そして己の美しさもしっかりと高めたうえで、それすら上回る男らしさを得ようとして、男を磨き上げていったつもりだった。

 だから、別に慣れている。

 あぁそうだ、昔からそうだった。男だと言ったところで信じてもらえないことなんてそれこそ毎度のことだった。

 勿論、笑われたことだって何度もある。

 この容姿のせいで得したこともあれば、こうして損したことも山ほどだから。

 だから、この程度、大丈夫だ。


「あははははは!」


 この程度、大丈夫だ。


「ぎゃはははは!」


 大丈夫だから。


「ひゃはははは!」


 大、丈……。


「テメェらぁぁぁぁぁぁぁ!」


 爆笑の渦を貫く一声が何もかもを飲み込んだ。

 ハル渾身の咆哮に一時的に笑いが止まり、彼らの視線が肩で息をするハルに注がれた。

 怒っている。愛らしく美しい顔を怒りの色に染め上げて、怒髪天を衝くようにハルが全身で怒りを露わにしている。


「ハ、ハル? ごめんなさい、別に悪気があるとかじゃなくて流石に誰も信じないっていうか……」


「だったら見晒せぇ!」


 流石に笑いすぎたとササミが代表して謝罪しようとしたが、それよりも早くハルはさらに注目を惹きつけるように叫ぶと、スカートとスパッツを右手と左手で握り締めた。

 瞬間、これから起こるだろう狂乱、あるいは喜劇を前に悲喜こもごもの声が幾つも漏れた。


「ちょっとハル⁉ 貴女まさか……⁉」


「おう、こうなりゃとっておきしかねぇ」


 ――あ、これ、やる気だ。

 ササミはハルが次にする行動を脳で考えるよりも早く理解した。

 何をやる気なのか、言葉にするのも躊躇されるアレだ。

 衆人環視の元。

 ササミの眼前で。

 屈んだササミの顔の前に丁度、例のアレが露出されるだろうポジションで。


「え、ちょ、ま……」


 その瞬間、これから起こることを悟ったササミが顔を真っ赤にして慌てふためくが全ては遅い。

 最早、賽は投げられたのだ。

 嘲笑われた己の存在を証明するため。

 何よりも、男としての栄光を取り戻すために。


「テメェらに……」


 スカートを握った右手が上がる。


「たっぷり拝ませてやらぁ……!」


 スパッツを握った左手が下がる。


「この俺自慢の!」


 そして、一糸纏わぬ下半身をもってして。

 ハルは、己の性を世に猛る。


「男の子ぉぉぉぉ!」


 そして、さながら獲物を前にした虎の口が如く、暴かれた神秘の奥より『雄々しき野獣』が現れた。

 何故だか収束した乙女力にて金色に光り輝く男性自身(ゴールデン)

 男が男たる存在理由。

 誰もが信じなかった、早森ハルが男たる絶対の証明にて。


「きゃあああああああああああ!」


 ササミの悲鳴を皮切りに、この日最大級の悲喜こもごもの絶叫が海上ど真ん中にて轟き渡るのであった。


 その日、2101年2月8日。これが、世界初の『男性』絢爛美姫が公表される約2ヶ月前に起きた初実戦が、公式記録より抹消された理由の一つだと知る者は――あんまり存在していなかったりする。




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