もうずっと呼ばれぬ名を、それでも私は覚えてる。
昔々、その国には神がいた。優しい優しい、ひどく優しい神だった。その国は大きくもないが小さくもなく、国民全員王族貴族平民関係なくそのひどく優しい神を慕っていた。神はその篤い信仰を力に替え、いつも国を守っていた。
国は安定していた。神の加護によって天候に恵まれ作物の出来が良く、飢饉とは全く縁がなかった。その恵まれた土地に目をつけた国があった。その国は大陸一番の大国で、戦の強い国だった。
国は戦をしたことのない国だった。大国が戦の準備をしていると知り、国民は焦った。このままでは皆死んでしまう。
神は王の夢で囁いた。『かの大国に従いましょう。血を流さぬよう、戦を避けましょう。』
王はそれに従い、大国にくだった。
血こそ流れなかったが、大国はさまざまなものを奪っていった。作物、労働力である男、美しい女、そして神への信仰の自由。大国はひどく優しい神への信仰を認めず、大国の唯一神への信仰を求めた。拒む者は異教徒として糾弾され、罰せられた。
神の名を呼ぶ者はいなくなった。神の名は徐々に忘れられ、終には誰も知らなくなった。信仰がなければ神は生きていけない。名を忘れられた神は消えるのみ。そのひどく優しい神の名は────……
◇◆◇◆
私は戦の神だ。生まれた時から強い神で、守護する国は大国だった。国民は血の気の多い者が多かったが、それでも良い国だった。信仰が篤く私の加護の力は強かったからか、戦は負けなしだった。
ある時、雨が降らない年があった。作物は実らず、国を飢饉が襲った。私は戦の神だ。作物を実らすことはあまりできない。実らすことができてもそれは微々たるもので、戦で巨大化した国に行き渡らせることは到底不可能だった。国民が死に、国は動いた。実り豊かな国を襲ったのだ。そして国は気づいてしまった。この力を使えば奪えるということに。
それを皮切りに国民は次々に驕り、次々に戦を仕掛けた。私の言葉は曲解解釈され、更に戦は激化する事となった。国民は作物を奪い、他国の民を労働力とし、終には信仰の自由をも犯した。
初めに襲った実り豊かな国の神は、豊穣の神だった。優しく、暖かく、慈悲深い神で、全ての始まりの飢饉の時に力を貸してくれた神だった。戦で巨大化した国には微々たるものだが、国の三分の一の加護の力を私に貸してくれた。
私は戦の神だ。戦を止められない神だ。かの国を襲うことを止められないと分かったとき、私は戦の神であることにひどく苦しんだ。何故私は豊穣の神でもなく知識の神でもなく、戦の神なのだろう。豊穣の神のように作物を実らす訳でもなく、知識の神のように戦にならない為の知恵を授けられる訳でもない、ただただ強いだけの神なのだろう。
私は豊穣の神のようになりたかった。かの神にずっとずっと憧れていた。だから信仰を失い、忘れ去られた神である彼の名前をずっと覚えてる。そしてかの神は彼の名を唯一覚えてる私の近くにずっといるのだ。ずっと、一緒にいるのだ。
『ごめんなさい。ごめんなさい。豊穣の神、お願いだから許さないでっ…』
『泣かないでください。戦の神ムゥトフラウ。僕はこれで良いんです。』
かの神は絶対に何も責めたりしない。人間も、戦の神である私も。
私は汚い。後悔を理由にかの神の名を忘れない。神として生きる為の信仰が足りないのに、私が覚えてるからかの神は消えない。
神の名を呼べばそれはどんな形であれ信仰だ。だけど私は覚えてるにもかかわらず、かの神の名を呼ばない。
これは恋じゃない。争いの種になる恋じゃない。神は恋をしない。これは憧れだ。だけどどうしてもそうだと言い切れないから、私はかの神の名は呼べない。とても美しく崇高な名前…。
……どうか心の中で呼ぶことは見逃してくれないだろうか。
豊穣の神、カルタフォーリア……
また呼んだ。呼んだから、覚えてる。覚えてるから、神はまた行き長らえる。
戦の神は覚えてないけど元人間の女騎士で英雄。
かなり昔に国の為に殺され縛られ神格化したため、純粋な神ではなく加護は与えられるがなくすことはできない。
という設定があったりします。
ありがとうございました。