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奴隷証明書

作者: 井坂津小津

 つい先月、ゴールデンウィークを利用して、異世界へ行ってきた。みんなも一度行ってみるといい。


 さて、私が異世界で作った友人に、ジャンヌという奴隷がいる。べつに私が買ったわけではない。異世界では奴隷は一般的な存在だ。むしろ、奴隷であることが一種のステータスになっている。今、彼女は、とても優秀な奴隷として、自伝の出版を考えている。私が執筆の手伝いを申し出ると、現世(つまりこちらの世界)でも出版してほしいとお願いされた。とても面白い、異世界にしか存在しない奴隷文化だ。


 ここでは、近日、『民明書房学術文庫』にて出版される『私の異世界入門』の一部から抜粋したものを披露しよう。


『とある貧乏ななめし職人の娘、ジャンヌの下に、今朝、一束の書類が届けられた。配達人が手紙や書類を持って彼女の家へ向かってくる足音、ポストに書類が入れられる音、そして配達人が走り去っていく音。この三つの音を聞いたジャンヌは、居ても立っても居られずにベッドから飛び起き、ポストの中を確認した。


「……! ある! やった、やった!」


 寝られない夜を超えた早朝、彼女は叫んだ。朝露が降りた芝生をけり散らし、朝焼けの太陽に向かってガッツポーズをささげた。ついに、彼女の元へ「奴隷証明書」が送られてきたのだ。

 

 ウェリス王国から海を一つわたると、マーヌ帝国へたどり着く。その国には、こんな制度がある。


 「奴隷証明書」である。この証明書――正確には、より良い待遇の証明書――を得るために、帝国で生まれた少年少女は幼年期から研鑽を積み、全身全霊で証明書の取得を目指すのだ。むろん、ジャンヌもその一人である。


 さて、晴れて正式な奴隷となれたジャンヌに敬意を表して、彼女の略歴を綴って行こうと思う。

 

 帝国歴1890年、彼女はマーヌ帝国の一領土、コロヌスで産まれた。彼女の父は革を鞣す職人である。決して、くいっぱぐれるような仕事ではないが、富むこともできない。鞣職人に限らず、コロヌスの職人は皆そのような待遇であった。


 貴族制全盛のこの時代のマーヌ帝国において、平民が富むための方法は一つしかない。それが「奴隷」になることである。奴隷になるためには、自身が仕える貴族を選び、数多の選抜を受ける必要がある。マーヌ帝国の物流や商流を一手に引き受けるエッヂロック家、マーヌ帝国のみならず世界中に工場を立て経営するウィロー家、そして、帝にこの「奴隷制度」を進言し、実際に作り上げたエッヂピーク家など、貴族ごとに営む家業は異なる。平民は、奴隷として帝国内の貴族たちに尽くすことで、一定の金を得る。


 勿論、奴隷にも高給な者から薄給な者までいる。また、多く休みが取れる者もいれば、それこそ奴隷らしく休みなく働かせられる者もいる。平民の子は、みな高い給金が支払われるエッヂロック家を志望し、奴隷の座を巡って競争に次ぐ競争が繰り返された。


 ジャンヌの競争は、産まれる前から始まる。


 帝国の民は、貴族平民問はず、生まれる前に神託を授けられる。その神託が、生まれてくる子供の資質を決め、人生も神託の通りに送られる――と信じられている――。


 貧乏な亭主と結婚したばかりに、ジャンヌの母は子供を富ませることに自分の人生を費やす覚悟を決めていた。彼女は、神託を授ける聖職者に誘惑を仕掛け、さらに金目のもの全てを聖職者に上納することで、ジャンヌの神託を変えた。

 

 その結果、ジャンヌの神託は以下のようになった。


『禍なる地、コロヌス。おまえは、ここにあれ。星と月は正にあり。灰、泥、沼である。星沈むとき、アウルフより咎人来たり<将来はエッヂロック家の奴隷になり、たくさんの金をもらう。>に、芥の海の沈む事』


 さて、神託に何故かはっきりと奴隷になることが書かれていたジャンヌは、貧民ながらも質の高い教育を受けることができた。この教育は、貴族が質の高い奴隷を仕入れるために機能している。算術や商売の知識、貴族と平民の上下関係を理解するための道徳。これらを、ジャンヌとその同級生は懸命に学んだ。――なお、稀に文学や神学、哲学、数学といった奴隷になるには不要の学問を学ぶ者もいるが、そのような奴は奴隷失格である。実際に、上記4つの事を学習した経験を持つものは奴隷証明書が交付されないのだ――


 そして、思春期をすべて奴隷になるための学習に費やし、ジャンヌたちは奴隷大学校へ進学する。奴隷大学校は、その名の通り奴隷になるための専門的な教育機関である。


 その学校に入ったジャンヌ。しかし、彼女は敢えて学問をせず、遊びと体育に励む。これはジャンヌだけではない、優秀な成績で大学校に入った学生たちは、みな学問を放棄する。


 実は、大学校で学問に励むことは罠なのだ。大学校では、勉強してはならない。奴隷として扱いづらくなるからである。この程度のことも想像して忖度できないようでは、奴隷になることは出来ない。


 そして、大学校の課程も後半に差し掛かった時、ジャンヌたちは人生最後の選抜にかかる。有名な実力のある貴族から奴隷証明書をもらう事。これが、彼女たちが生まれてきた意味だ。


 ジャンヌは有名貴族にレターを送り、会談を取り付ける。レターを何人にも送り、会談を何度も繰り返し、貴族に奴隷として気に入られれば、晴れて奴隷になることができる。


 彼女は不幸なことに貧乏な生まれである。ほかの学生のように貴族とのコネクションがあるわけではない。自然に数を撃つしかなくなる。


 頭を下げ、全身全霊で奴隷になりに行く。これがジャンヌの生きざまだ。会食のマナーを覚え、貴族本人どころか、単にその貴族の奴隷というだけで偉そうな者たちにも、笑顔を振りまく。


 そして、彼女は奴隷証明書を手に入れた。』


 いかがだろうか、異世界も異世界でなかなか世知辛い。私としては、わざわざ奴隷になりに行く異世界の住人の神経が分からんね。こちらではあまりこういう光景は見られないし。


 次はお盆休みでも利用して異世界に行くとしよう、その時には彼女の自伝を全巻揃えて持って帰ることにするよ。


後日、まじめに長編として書きたい。雰囲気は、あらすじ準拠で。

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― 新着の感想 ―
[一言] 奴隷系の作品をあまりみないからか、最近このそれと同じような比喩を多く見かけるのは気のせいでしょうか。 僕の視野が狭いだけか、それとも何かが変わりつつあるのか。 ともあれ、この作品のジャンルが…
2018/06/06 05:00 退会済み
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