祓師(はらえし)
「わっ、気持ち悪っ。入っちゃったよ」地味なレジィは顔をしかめて大きな独り言を言った。
「もうっ、小物だけど…あーあ、僕の100%記録終わったー、2年足らずって短っ。しかもすっごい小物」レジィは口を尖らせた。
レジィは透けた愛理と重なった状態でくるくると回りながら、休む事なくピュンピュンと矢を放っている。
「小物のくせにスピードだけはあったな、あー、もうっ。まあ、この状況じゃ仕方ないけどさー、大物が優先順位上がるしー」
レジィは祓っている間、一人でしゃべる癖が付いていた。どの道、しゃべった所で誰にも聞こえることはない。ここに居る間は、霊界に居る人と話す事は出来ない。一人の人間に祓師が二人つく事もほぼ無い。一人で黙々とひたすら祓い続ける祓師は、かなり孤独な職だと言える。本来、守っている人の心の声だけは聞こえてくるのだが、愛理の意識が抑え込まれてしまっているので、今日はそれすらも無い。
愛理の姿も周りの物も人も天井も床も、全てがぼんやりと透けて見える。重なる事はあってもぶつかる事はない。ただ、愛理が引き寄せるモノだけに実体がある。これが祓師レジィのフィールド。他の人を守っている祓師のフィールドとも重なる事はない。引き寄せたモノは一旦愛理の中へ入ってしまうと、もう一切手出しができなくなる。よって、寄ってくる悪いモノが愛理の中に入りこむ前に祓う。それがレジィの役目。引き寄せたモノは四方八方、上からも下からも愛理目がけて一直線にやってくる。そもそも祓師には上も下もない、宙に浮いているような状態で、ただ愛理という中心があるだけ。結局、愛理と重なって陣取るのが一番合理的な位置になる。だから今、レジィは愛理と重なっている。これが、レジィが『いつも愛理にべったりとくっついてる』と言った理由。
「あー、もう。今日、歌うの無理だー、全然余裕なーい」レジィは独り言どころか、普段は歌ったりもしていた。「歌どころか、今日、僕、笑ってもないしー。もー」レジィは一人でわめきながら、矢を放った。
本来、引き寄せられるモノは、良いモノも悪いモノも、その間のモノもある。何を引き寄せるかは寄せる本人次第。なので、日によって、時によってフィールドの雰囲気はガラリと変わる。明るいモノで溢れている快適な空間の場合もあれば、奇声や怒声が飛び交う不気味なモノだらけのおぞましい空間になる場合もある。その中間もあり。そういう訳で、今日のこのフィールドの雰囲気は朝からずっと最悪だった。
引き寄せられるモノは、形も大きさもまちまちで、一つとして同じものはない。良いモノに関しては、大抵、明るい表情の人の形、明るい光、そういった明るい印象のモノで、比較的わかりやすい。それ以外のモノに関しては制限がない。煙の塊のようなモノもあれば、人間の形をしているモノ、獣のようなモノ…とにかく何でもありでバラエティに富んでいる。中には善人面して寄ってくる詐欺師のような悪どい系もいる。これがレジィがたまに良いモノを祓ってしまう理由。勿論、良いモノは入った方が良いのだが、愛理の場合は、良いモノが入らない事よりも、悪いモノが入るのを阻止する方が重要との判断の元、迷う場合は祓う、と決めているのだ。決して適当にやっているわけではない。レジィは祓師としては誰もが認める超プロだ。
「矢、今日一日持つかな…大量に作ったのにー。予想以上だよ、もうっ。けど切れたらホントにまずいな。この調子じゃ、なだれ込んじゃうよ。どうしよー」レジィは矢を放ちながら、また大きな独り言を言った。
パンッパンッパンッ
突然レジィの後ろで銃声が響いた。
レジィが振り返ると、拳銃を構えた女性の姿があった。
「サラ!?なんで?アイリーン?」
「はい、アイリーンに頼まれました。一時的に愛理の守護者です。お手伝いします」
サラは今、上に光輝を切って貰って祓師のフィールドに降りてきている。これが普通。自分でそれが出来てしまうレジィが特殊。なので、サラも今、地味めな色合いだ。ヘーゼルカラーの髪と瞳。藍色が色褪せたような色の服。ストレートの長い髪を緩く後ろで一つに束ね、リボンを結びつけている。背が高めで、出る所は出て引っ込む所は引っ込んだ女性的な体型。なのに、あまり色気は感じさせず、すらっとした印象を受ける。きれいな卵型の顔に、きれいなパーツがきれいに配置されている正統派美人顔。要するに似顔絵の描きにくそうな特徴の無い顔で、見るからに真面目そうな印象を受ける。
「助かるー。じゃ、あっち側お願い。選ばなくて良いよ。良いのなんて一切来ない。愛理に向かって来るのは無選別で全部祓ってOK。強力そうなの来たら言ってー、僕が処理するから」
「あ、はい。ホントに凄い事になってる」
「今、まだ、ましになった所だよ」レジィは力なく笑った。
「え?これ、まし?」サラは、奇声を発して向かってくる人の顔だけのモノ目がけて撃った。弾が当たると、淡い桜色と淡い空色の混じった銀色の光がパンッと広がり、顔は奇声を発しながら消えた。
消えたようには見えるが、本当に消えて無くなるわけでも死ぬわけでもない。どんなものであろうと、生は永遠なので、それは無理。祓師がしているのは、ただ、このフィールドから追い払う事。
「サラ、しばらく休むって言ってなかった?」
「ええ、休んでて良かったです。誰かに付いてたら手伝いに来れなかった。弾も大量に残ってて良かったです」そう言いながら、サラは狙いを定めた。「授業受けてるだけなのに、どうしてこんなに寄せるの…」サラは、ゆっくりと向かって来る石のようなものを撃った。弾が当たりさっきと同じように光が広がった。が、石は一瞬動きを止めただけで、すぐにまた向かって来た。サラは今度は2発撃ちこんだ。より大きな光が広がった。石はまた動きを止め、ゆっくりと消えて行った。
当たればOKというわけではない。光は結局祓師の力そのもの。その力に触れて向こうが退散する気になるかどうか。それがポイントなのだ。単に驚いてに逃げる場合もあるが、力の大きさに圧倒されて、向こうが逃げる気になって初めて祓える。相手の性格も絡んではくるが、結局はそもそもの祓師の力が大きく関わってくる。
「『授業中だから』かもねー。きっと良からぬ事考えまくってるんだろーね」レジィは少し溜め息をついた。「愛理の声は聞こえないけどさ。何の声も聞こえずに祓ってるなんて初めてだよ、何かすっごい変な感じ」
「ええ、ホントに、何も聞こえない」そう言ってサラは沈んだ顔をした。
突然、どす黒い靄のようなものが透けた愛理からブワッと溢れでた。
「わっ、まただ」レジィは顔をしかめた。「もうっ、やだなぁ。これ」レジィは重なっているので、直撃を受ける。
「何これ…」サラも顔をしかめた。「愛理じゃない…ですね。こんなどす黒いの…」
「そ。愛理であって愛理でない。気をつけて、これが出たら、一気に来るよー」レジィはフーっと息を吐いて、弓に矢をつがえて構えた。
「え?」サラも拳銃を構えた。
愛理から出たモノに引き寄せられ、一気に多くのモノがフィールドに現れ向かって来た。
「けど、愛理だから守らなきゃ。ね」レジィは狙いを定めて矢を射った。
「こんなの見たことない」サラは拳銃を連射した。
「類友でさ、朝から魔界系のがわんさか寄って来てるんだよ。あのすっごいヤな感じのどす黒~い系のヤツ」
「ホントに。あんなわけわかんない強力なの入ったら大変」サラは眉間にしわを寄せた。「レジィさん、頼みます!」
レジィは、くるりと向きを変え、恐ろしい形相をした黒い大きな塊に向けて、かわいい弓で矢を放った。
矢が当たると、黄金、オレンジ、ターコイズブルーの強い鮮やかな虹色の、派手な光がバンッと激しく渦巻くように広がった。黒い大きな塊は一瞬で消え去った。
サラは、大きく目を見開いた。
レジィさん、すごい!あんなの一発で祓った…。私だったら何弾かかるだろ…それでも祓えないかも… って今そんな事考えてる余裕ない
サラは両手で拳銃を構えて素早い動きの蜘蛛のようなモノを撃った。
「レジィさんの矢が切れるのが心配です。少し落ち着いたら速攻で向こう戻って作ってきてください。その間、私なんとか繋ぎますから」
「あ、さっきの聞いてた?助かるー、そうさせて貰うね」レジィは大物そうなのを狙ってピュンピュンと矢を放った。矢が当たり派手な光が広がると次々に消えて行った。
「はい」サラは弾倉を交換した。
「あっ、だからサラ、『レジィ』って呼んでってばー。って前に言ったよね?」
「そんなの無理です!祓師の神様みたいな人を呼び捨てるなんて!」サラは連射しながら叫んだ。黒い煙の塊のようなモノが消えた。
「へっ、神様って…僕、完璧じゃないけどねぇ」と言いつつ、レジィは弓を構えて、何やらタイミングを計っている様子だ。
「それは、そうでしょうけど…」サラはレジィを振り返って赤い顔をして叫んだ。「絶対無理ですから!」
「ふっ、サラ、ユーディより銀が強そう」レジィはボソボソとそう呟きながら、矢を放った。
どす黒い人の形のモノに矢が当たり派手な光がバンッと大きく渦巻くように広がると、周りに居た小物たちもろとも、一瞬で消え去った。
レジィさん、やっぱりすごい…あの時、2年前、予定通りにレジィさんが愛理を守ってれば…私にこの半分の力でもあったら…きっと愛理を守れたのに。愛理があんなに一気に堕ちてしまう事、無かったのに…
サラは沈んだ顔をして唇を噛みしめた。
「だいぶ片付いたねー、後は小物系?」レジィは素早い動きの動物っぽいモノを射ぬいた。
「はい」サラは残っている小物たちを次々に撃った。
「なんか入って来なくなったね?あっ、愛理、うたた寝始めてる!僕、矢、作ってくる。サラ、後頼むねー」レジィの姿がパッと消えた。