派手なレジィ
「残る方法は一体になっている状態で、と…」ユーディはそう言って愛理を見た。
愛理はユーディをみつめて頷いた。
「そっと刃先をあてるだけではなく、中まで…くい込ませないといけない」
愛理の中で、大鎌で刈られた光景が、ユーディの赤い目が蘇り、愛理は思わず目を伏せた。
「私と優が一体になってる状態、今のこの状態で鎌の刃先に触れても、優を残して私だけが飛ばされる事はない」そう言いながら、ユーディは銀の月を手にして、刃先に軽く手を当てて見せた。「もしも、このまま手に刃をくい込ませれば、私だけが飛ばされる。原理はこれと同じなんだろう。中に入っているものを飛ばすには刃先を中に入れなければならない」ユーディはいつものように淡々と話していたが、愛理にはユーディの辛い気持ちが伝わってくるように思えた。
「大丈夫。アイリーンの為ならなんだってする。なんだって出来る。それに、向こうで目が覚めたら、私、忘れるんでしょ?」愛理はユーディに笑って見せた。
「昨晩も愛理はそう言った」アイリーンを見て泣いた愛理、アイリーンの為ならなんでも出来ると言った愛理、全て昨晩と同じ、繰り返しだ。「けど、無意識は覚えてる…私を拒否したのが何よりの証拠…あまりに衝撃的過ぎたんだろう」
「…刈られた時の光景だけが蘇って…怖くて。でも、大丈夫。今は理由が分かったから」愛理は、ユーディの赤を秘めた青の目を真っ直ぐにみつめた。
そしてまた、愛理が向こうへ戻ると、私に刈られる光景だけが残るのかもしれない…それでも、やるしかない。アイリーンを救う為に。
ユーディは無言で頷いた。
「あ?そういえば、一体になるって…どうやるの?」愛理はレジィとユーディを交互に見た。
「さあ?」レジィは首を傾げて、ユーディに目をやった。
「一緒になるって思えばなれるはず…ただアイリーンがこの状態だと…出来るのかどうか、私にもわからない」
「思うだけで良いんだ?」
アイリーンと一緒になる!
愛理の姿がパッと消えて、色のないアイリーンの体からしっぽが出た。
瞬時にユーディが大鎌を構え、アイリーンの体めがけて振り下ろす。
ユーディの目が赤い光を帯びた。
「ユーディ、ダメ!」
突然アイリーンの澄んだ声が響いた。
みるみるアイリーンの体に色と光が戻って行く。
ユーディは刃先が当たる寸前で大鎌を止めた。「アイリーン?何故?」
アイリーンの体が、また色と光を失い始めた。
アイリーンはまだ色の残る手で、自ら銀の月の刃先をギュッと握りしめ、刃をくい込ませた。
「アイリーン?!何を…」
一瞬にして、横たわるアイリーンの姿が愛理の姿に変わり、パチッと目が開いた。
ベッドの隅に箱座りしていたサビママが『シャー』っと発すると同時に、全身の毛を一気に逆立てて飛びのいた。
愛理?…どういう事だ?何が起こってる?
愛理はベッドから起き上がり、しっぽを確認した。「素敵、これがしたかったのよね」そう言って愛理は満足そうに笑った。
「これ、愛理じゃない」レジィがそう断言して、愛理を睨み見た。
ユーディは愛理に鎌を突き付けた。
鎌を突き付けられた愛理は全く臆する様子もなく、ユーディを見た。
「何?あたしはこれでは刈れない。無理だってもうわかったじゃない。昨日、刈られた時はどうなるのか正直ひやっとしたけど」
「誰だ」
「ふっ。あたし、『愛理』だと思うけど」
「アイリーンはどうした」
「アイリーン?この鎌で飛ばされただけでしょ?あなたがさっき、説明してたじゃない。このまま手に刃をくい込ませればーってね。丁寧なご説明どうも」愛理は真顔で口の端を一瞬だけ上げた。
「…何がしたい」ユーディは一瞬顔をしかめたが、いつも通りの淡々とした口調で聞いた。
「何?あっちの世界へ行きたいだけよ。あっちに生まれたくってもなかなか順番回って来そうにないし。ちょっとこれ、どけてくれない?鬱陶しい」そう言って、愛理は目の前にある鎌の刃先に指をあてた。「このまま、この指、切り落としちゃおっか?」愛理は、フッと鼻をならして口の端をあげた。
ユーディは慌てて鎌を引いた。
部屋の隅で、サビママが、『ウー』と低い声を漏らした。毛を逆立てたまま、背中を丸め尻尾をたて、低い姿勢で愛理に向かって睨みを効かせている。
『ユーディ、そいつと話し続けてて』レジィは声に出さずにユーディにそう伝えた。
「こんなことをしなくても、生まれなくてもあっちへは行けるはずだ」ユーディは言われた通り、話を続けた。
「普通に向こうへ行ったって憑依しかできないじゃない。あなたたちが守ってるから祓われるし、うまく憑いて、一時的に思い通りにできても、ずっとは無理。本人が自然と祓ったりもするしね、大したことできない。面白くない。一度ね、色んなのいっぱい憑きまくって、ぶくぶくになって、本人の力じゃもうどうにも出来なくなったんだけど、他に憑依してるヤツらがああしろとかこうしろとか、うるさくって、結局あたしの好きなようには出来なかったの。愛理の肉体はもうあたしだけの物。あたしの思い通りの事できるのよ、何だって好きにできる。人の心を迷わせるの、狂わせるの、めちゃくちゃにしてやるの、考えただけでわくわくする、ぞくぞくする」愛理は妖しい笑みを浮かべた。
サビママが金の瞳を光らせて『シャー!』と声を張り上げた。
愛理ではない愛理が、一瞬サビママに気を取られたすきに、レジィは少し移動して、愛理の後ろに回り込んだ。
「何故、愛理なんだ?」ユーディは気を引くように話しかけ続けた。
「だって、2択だから」
「2択?」
「あなたか、アイリーン。別にどっちでも良かったんだけど」
「何?」ユーディは眉間にしわを寄せた。
「こっちの住人には入れるのに尻尾がついてるのには入り込めなかったの。それで目をつけたのがユーディとアイリーン、あなたたち。珍しい存在。もしかしたら、一体になっている状態なら入れるんじゃないか。ってね。思った通りだった。狙うなら刈取りの最中。もちろん無防備なアイリーンの方が狙い易い。ねっ、だから愛理なの。それだけ」
こっちの住人に入れる?こいつは一体、何だ?下層のモノじゃないのか?
「でも、焦ったー。もうずっとあのままかと思った。アイリーン…歌うしか能の無いただの愛らしいだけの歌姫かと思ったら、とんでもない。あんな手を使われるとは思わなかった。あたしが入った衝撃で愛理が目覚めた瞬間に、私を自分ごと凍りつかせた。動けないように固めたの。さすがだったわ。ふっ。けど、愛理には固めるなんて事、出来なかったみたいね。ほんの一瞬であたしの勝ち。歌姫より全然簡単」愛理ではない愛理は、あははっと声を立てて笑った。
突然、レジィが両腕を伸ばし、愛理の背中に両手の平を押し当てた。
レジィの髪が七色の、七色以上の色味を帯びた黄金、オレンジに光り輝き、体は南国の海の明るくきらめくターコイズブルーの光を放った。レジィはまばゆい真夏の太陽のような瞳を大きく見開いた。
一瞬にして部屋中が黄金、オレンジ、ターコイズブルーの鮮やかな色のまばゆい光に飲みこまれた。ユーディでさえもあまりの眩しさに目を閉じた。
派手なレジィの姿はすぐに消えた。
が、レジィが発した鮮やかな色の激しい光の衝撃波は愛理の体を容赦なく貫いた。